2026年08月01日(土)

「バラムは主の使いに申し上げた。『私は罪を犯 しました。私はあなたが私をとどめようと道に立 ちふさがっておられたのを知りませんでした』」 民数記22:34


主は試練を送られると、聖書に繰り返し記されて
いるが、私たちは、痛い事、苦しい事は避けたい
と思う。痛い目には会いたくない。又、問題が起
きると、スムーズな歩みが阻止される。悩み苦し
みのため、先に進めない。そんな苦しみが好き
な人などいない。辛い事態を、避けて通りたい
と思う。何とか逃れたい。

しかし、愛なる主は、私たちが間違った方向へ
進まないために、行く手に障害物を置かれ、と
どめられる。苦しみは、私たちをストップさせる。
うまく行かない事は、不運でなく、たまたまの事
でなく、まさに主の取り扱いだ。主が量って与え
られたものだ。偶然は無い。目の前に、立ちふ
さがる相手を責めるのでなく、主の取り扱いを
認めよう。

その状況の中で、主からのメッセージを受け取
ろう。何を教え、何に気づかせたいのか。今、
あなたの行く手が阻まれているなら、状況でな
く、まずそこに主を認めよう。主が立ちはだか
っておられる。その道は、御心と違う方向かも
知れない。主はバラムに「彼らと一緒に行って
はならない。その民を呪ってもいけない。祝福

されているからだ」と言われた。しかしそれでも
尚、出て行くバラムに、主の使いが立ちはだ
かった。目の前の状況に、主を認め、自分の
思いを退け、主のお心を尋ね求めよう。必ず
正しい道に導き、大いなる祝福を与えて下さる。 

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目の前に歩みをとどめる障害物が来た時には、
主のみこころを求めて祈ろう。今までも、阻止を
通して守られたり、考えさせられたり、沢山の学
びを与えられた。まず祈りに持って行こう。