2012年10月19日(金)

「私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています」コロサイ1:29


「神は、御心のままに、あなたがたの内に働いて志を立てさせ、事を行なわせて下さる」とあるように、御心の志を与え、事を行わせるのは、神だ。すべての主導が神にある。しかし、私たちは何もしないのではなく、事を行なうのは自分自身だ。そして、それは、キリストの力が内に働くのであって、肉の力の頑張りではない。

必要な力は、主から来る。祈って何もしないのでなく、祈りつつ奮闘する。例えば、ピアノを習得する時、ただ祈っていれば、習得できるのではない。祈りと共に、日々、地道な基本からの練習を積み重ねなければならない。そうして行く時、ピアノを演奏できるようになる。語学やスポーツの習得も同様だ。練習しなければ、どうにもならない。そして、その習得する力を、主が与えて下さる。練習し続ける事ができるのも、祈りによる。

又、ある時は、自分に出来る事が何も無い場合がある。例えば、経済的必要は「静かに仕事をし、自分で得たパンを食べなさい」が御心だが、事情があり、仕事が出来ない場合は、主は天から必要を必ず与えて下さる。祈ればよい。今、主から志が与えられているだろうか。内に力強く働くキリストの力によって、労苦しながら、事を成し遂げて行くことができる。「勤勉に怠らず」主に仕えて行くなら、主が成就させて下さり、豊かな実を結ぶことができる。喜びが与えられる。
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主の導きと助けを信じ、私は今何をすれば良いか、委ねられた事をして行きたいと意志を向けるなら、主のために出来ることは必ず示して下さる。豊かな実を結んでいこう。