2013年01月19日(土)

「何事にも定まった時期あり・・生まれるに時があり、死ぬのに時が ある・・」伝道3:2



日々の生活で、様々なことが、ありとあらゆることが起きる。人が
生まれ、死に、作物を植え、収穫し、対人関係にひびが入り、又、
新たな友人ができる。泣いたり、笑ったり、嘆いたり、喜んだり、
得たり、失ったり、憎んだり、愛したり、争ったり、和解したり・・。

様々な日常が営まれている。これらすべてに、絶妙の「時」がある。
そして、これら人の営みには、人のコントロールでどうこうできな
い、人の手を超えた力が働いている。「時」を手中におさめ、支配
しておられるのは神であり、すべてが摂理のもとにある。

人の目には理解できず、わけわからず、苦しいばかりの状況におい
ても、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」と後にわ
かる。その渦中では「人は、神が行なわれるみわざを、初めから終
わりまで見きわめることができない」ために、意味がわからない。

しかし、神は愛であり、愛の御手で、時にかなって美しく整えられ
ている。ただただ神との関係で、自分の人生を見て行く時、結果的
に「美しい」。そこに大きな感動がある。

「何事にも定まった時期があり・・時がある」。主の主権のもと、す
べての事に定められた時があり、回避しようとしても、神の時は来
る。その神の定められた時を認めて、その「神の時」に、主に従っ
て行く時に、主の栄光が現われる。

・・・・・・・・・・・・
完璧な「神の時」がある事を覚えよう。神の時が満ちなければ、何
一つ動かない。微動だにしない。しかし、神の時が満ちるなら、状
況が、物事がひとりでに動いて行く。不思議なほどだ。神の時を待
ち、その時には御心に従おう。