2014年08月18日(月)

「あなたがたには、あすのことはわからないのです・・しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません・・主のみこころなら・・このことを、または、あのことをしよう」ヤコブ4:15




いつも「主のみこころなら」という意識は大切だ。自分の人生のあ
らゆることに主を認めて行くことだ。何かをしようとする時に、自
分の意志と神の意志はどうだろう。又、その動機の部分はどうだ
ろう。ある人が、高度な技術を持っていて、それを必要とするボラ
ンティアをしようと思った。

しかし、「主のみこころなら、このことを、または、あのことをし
よう」とあり、主のみこころはどうなのかと心探られた。単に自分
が良い事をしたいと思っているのか。自分のプライドのゆえなのか。
人の目を意識し、人の賞賛の得たいがためだろうか。見栄なのか。
もっと別に本当にやるべき事があるのか。

何かをしようとする時に、主のみこころを求めることは大切だ。人
には、自己実現という欲もあるので、良い事だとしても、神の栄光
でなく、自分の欲望を満たすためにしてしまう。自分の計画が「主
のみこころなら」それをしようとの姿勢が大切だ。箴言19:21“人
の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る”と
ある。

自分の計画をまず祈りに持って行こう。そして「主のみこころなら、
私たちは生きていて」明日〜しようと言っても、明日の事はいっさ
いわからず、明日生きているかどうかはわからない。私たちは、主
の御前にへりくだって、主を求めて生きることが大切だ。
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明日のことがわからないから迷い思い煩うが、その明日は神の御手
の中にある。今日が当たり前に与えられていることに感謝しよう。
御心の真ん中を赦されて歩んで行きたい。