2024年05月19日(日) 「私の時は、御手の中にあります。」詩篇 31:15
「私の時は、御手の中にあります。」詩篇 31:15
ヨセフを通して、様々な「時」について教えられる。ヨセフは、 父親から特別にひいきされ可愛がられ、その事で兄たちから強 い妬みを受けていた。そのためエジプトに奴隷として売られる 事になった。だが、そこで、大変良い主人のもとに導かれ、ヨ セフも忠実に懸命に働き、主人から全信頼を受け、その家の何 もかもを任せられるまでになった。 奴隷の身ながら、素晴らしい祝福に、ヨセフのさあ「神の時」 だと思ったかも知れない。しかし主人の妻の誘惑に会い、その 事で無実の罪で投獄された。奴隷より更に悪い囚人となってし まう。それもヨセフに何の非も無いのに。しかし牢で、腐らず、 失望せず、自分に出来る事を忠実に行ない、そこでずっと「忍 耐の時」を過ごす。 やがて牢から出され、王から総理大臣に任命され、全権を任さ れる事になる。長い忍耐の末に、とうとうヨセフの「時」到来 だ。あなたは今、苦しみや悲しみの「時」だろうか。目の前が 真っ暗で、何の希望も持てない「時」だろうか。しかしヨセフ のように、主のスケジュールがあり、「主の時」がある。主を 信頼して、主を待ち望もう。 私たちの信仰が、練り鍛えられる時であり、強めて行って下さ る。あなたへの「時」がある。今は、先が全く見えないかもし れないが、必ず時満ちて、主があなたを引き上げられる。主の 「時」は完璧だ。決して間違いが無い。素晴らしいみわざを見 る。最悪の状況の中で、自らの力が尽きるところにこそ、弱さ の中に、主の力が現われる。主みわざを見る。どの「時」でも、 あるがままの思いを、気持ちを主に告げて、受け止めて頂こう。 ・・・・・・・・・・ 試練のトンネルの中にいる時に、一番苦しいのは、先が見えな いことだ。この苦しみが永遠に続くのではと思える。予め期間 がわかっていたなら、まだ忍耐できるが。しかし見えないが、 主の御手の中にあるなら、祈り、ゆだねていたい。