2024年11月18日(月)

「あなたが主に拠り頼んだとき、主は彼らをあなたの手に渡された のです。主はその御目をもって・・その心がご自分と全く一つになっ ている人々に御力をあらわしてくださるのです」U歴代16:8



主は、全地を見渡して、その心がご自身と一つになっている人々に
御力を現わす、と言われる。素晴らしい御言葉だが、ここで失望落
胆してしまうだろうか。なぜなら、主と全く一つになど、とてもな
っていない。すぐに罪を犯してしまい、失敗してしまう。すぐに自
己中心に歩んでしまう。しょっ中だ。全く一つにと言われると、そ
うありたいが絶望的だ。不可能に思える。

しかし主と一つになるとは、自分の願いがあり、自分のプランがあ
り、それは自己中心かも知れない、それを祈りの中で、軌道修正さ
れ、主のお心に合わせて行くことだ。自分の願いを祈って行く時に、
御霊により、その願いの動機を探られる。時に「自分の快楽のため
に使おうとして」悪い動機がある。

祈りの中で、その事に気づかせられる。御心を行なう者に変えられ
て行く。ダビデは、主から「わたしの心にかなった者」と言われた。
その心が主と一つだ。しかしダビデはどうだったろう。バテシバと
姦淫をし、彼女が妊娠したので、その隠ぺいのために、彼女の夫を
殺害してしまう。トップなので何でも有りだ。

しかし主はナタンを送られ、ダビデは悔い改める。王が悔い改める
という事は、民の前で小さな事ではない。ダビデは主の御前にへり
くだった。その罪は完全に赦された。罪は犯すが、その罪を認めて、
悔い改める時、主と一つだと言われる。
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失敗をしても悔い改めがあり、全知全能の主を見上げると問題の中
で一筋の光が来る。失敗も弱い信仰も、すべて主はご存じで、全く
一つとみていてくださる。主を頼り御心を求めて歩もう。