2026年04月18日(土)

「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな 愛はだれも持っていません」ヨハネ15:13



対人関係で、相手から批判や悪口、攻撃的な言葉や態度を向
けられた時、どうだろう。つい反応してしまい、言い返したり、ム
ッと不機嫌な態度になるだろうか。又、別の時は、穏やかに受
け止める事ができ、悪で悪を返すのでなく、愛ある態度で対応
することができる。その違いは、多くの人が、心に「余裕」のあ
る時は、そのようにできて、「余裕」が無い時は、イライラして、
怒りが湧き、感情的反応をしてしまうと。

心がカラカラの枯渇状態だ。その「余裕」とは御霊の潤いだ。「わ
たしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまりま
す」
「人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているな
ら、そういう人は多くの実を結びます」。主にとどまっていること

大切だ。主にとどまるとは、日ごとに、主と交わりながら生活する
事だ。主の御声を聞き、主に祈り、主と対話をする。それが祈りの
生活だ。

主との交わりの中にいる時、心に「余裕」が生まれる。主の御
声に耳を傾け、いかに自分が主から愛されているかを知ること
が大切だ。命を捨てて下さった愛だ。現実の生活を通して、主
の愛に触れて行く。身の回りの小さな事、大きな事で、主の愛
を知る。その時に、喜びが来て、主を愛し、人を愛して行こうと
する。

主の愛に触れて行くと、心が満たされて、「余裕」ができ、不思
議に自分の力でなく、人に対応して行ける。まず主の愛を知っ
て行けるよう祈ろう。

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「わたしにとどまれ」と言われる、主との交わりが、どうしても
必要だ。主に心を向ける時、主との交わりに時間をとる時に
気づきが与えられ、教えられ、主に触れる。心に喜びが来る。