2026年06月18日(木) 「この方について・・話すべきことをたくさん持っていますが、 あなたがたの耳が鈍くなっているため、説き明かすことが困難です」 へブル5:11
「この方について・・話すべきことをたくさん持っていますが、 あなたがたの耳が鈍くなっているため、説き明かすことが困難です」 へブル5:11
私たちは、堅い食物を敬遠するだろうか。しかし堅い食物は大人の 物であり、経験により、良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練さ れた人々のものだと。世の人と同様に、クリスチャンも願いが叶う 事は嬉しく、心地良い。辛い、苦しい事は好きでなく避けたい。思 い通りの事は大歓迎で、そうでない事は受け入れ難い。 しかし思い通りでない事により、私たちは砕かれ、練られ、鍛えら れ、大きく成長して行ける。つまり、主が私たちを砕き、成長させ られる時には、思い通りでない事態を置かれる。振り返る時、どう だろう。どうにもならない、瀬戸際のギリギリの状況下で、全身で 主を叫び求めたのではなかったか。主に向かい、心の底から叫び、 拠りすがる事によって、一歩一歩成長させて下さった。 信仰人生で霊的成長を望むなら、痛い事を決して逃げるな、避ける なと言われる。様々な痛み、苦しみにより、霊的な感覚が、訓練さ れるのだと。霊的な感覚が鍛えられ、養われ、培われて行くのは実 地訓練、経験によると。苦しみの中で、あがき求める中で、御霊か らのもの、悪魔からのもの、肉の思い、これらがクリアにされて行 く。 実地訓練によって、悪魔の働きを識別する事を学んで行ける。経験 によって身について行く。今までわからなかったものが、見えて来 る。頭でなく、身をもって経験する事によってだ。苦しみを通して、 見分ける感覚が鍛えられる。霊的成長を願うなら、困難から逃げな い事、そして主の取り扱いにあずかる時に、一段階〃、成長へと導 いて下さる。 ------------ 苦難を通して、不安を主に明け渡す事を学び、心配事で埋まってい た心に主が平安を満たしてくださる事を経験する。順境では献げら れない感謝だ。成長したい。主のご愛を深く知る機会とされる。