2026年07月19日(日) 「人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思い で、ステパノに向かって歯ぎしりした・・聖霊に満 たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄 光と、神の右に立っておられるイエスとを見て」 使徒7:54
「人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思い で、ステパノに向かって歯ぎしりした・・聖霊に満 たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄 光と、神の右に立っておられるイエスとを見て」 使徒7:54
人は、本当の事を指摘される時、耳をふさぐ。聞 きたくないからだ。ステパノが議会で弁明をした 時、はっきりと真実を語った。その時「人々は耳 をおおい、いっせいにステパノに殺到した」。弁明 において、神は、人の手で造った宮には住まれな い、どこにでもおられる。あなた方はいつも聖霊に 逆らっている、モーセの律法を守った事がない、と 真っ直ぐに語った。 人々は激怒し、はらわたが煮え返る思いで、ステ パノに向かい歯ぎしりした。ステパノの語った言葉 が、正しかったので、人々は怒り狂った。そして彼 が「天が開けて、人の子が神の右に立っているの が見える」と、イエスが、メシヤである事を大胆に 語ると、迫害者達は耳をおおい、ステパノに殺到し、 町の外に追い出し、石打ちで殺害した。 それは迫害する者達が、彼らの隠れた姿をあらわ にされたからだった。何とステパノを抹殺してしま った。人は、本当の事、真実を指摘される時、耳を ふさぐ。 聞きたくない。真実と向き合おうとしない。 真実を見ようとせず、又、真の自分と向き合おうと しない時、真実の言葉を恐れる。 それを避けて無視し受け止めない。聞く耳を持た ないなら、自分をごまかしている。主は「耳のある 者は聞け」と言われた。御言葉に正面から向く時 に、痛いけれど、必ず主は解決へと導いて下さり、 真の平安へと導かれる ・・・・・・・・・・・・・・・・ 聞きたくない御言葉、痛い御言葉は、そこに自分 の何かがある示しだろうか。そのまま「聞きたくない です。痛いです」と主に向かおう。その祈りは豊か な祝福へと答えられ導かれて行く。