2008年05月19日(月)

「いや。どうしても、私たちの上には王がいなくてはなりません」Tサムエル8:19

イスラエルの民が、神のみここ
ろに反して、サムエルに王を求
めた時、主は、民の声を聞き入
れよと言われた。サムエルを退
けたのではなく、神を退けたの
だと。民は王を求めて、神に逆
らい、神を退けたのだ。神はサ
ムエルに彼らに厳しく警告し、
王の権利を告げよと言われた。
しかし、民はどうしても王がな
くてはならないと言い張った。
すると神は、王を立てよと言わ
れた。しばしば、自分が肉で計
画した事がうまく行き、画策通
りになる時に、これは神が成功
させて下さったと勘違いする。
神が認めて下さったのだと思い
込もうとするが、それは大きな
誤解だ。神がどうしても行くと
いう私たちに、自分勝手な道を
行く事を許されただけだ。どれ
だけ止めても、忠告しても聞か
ない頑固な私たちに、思う道を
行かせられる。そして、自分が
した事の結果を刈り取らせられ
る。苦い辛い、苦しい刈り取り
になる。その刈り取りを訓練と
し、学ばせられる。 自我を通
すことが、いかに愚かであるか
を身をもって知る。蒔いたもの
は必ず刈り取る。例外はない。
肉のために蒔くと、必ず苦しい
刈り取りがある。神は侮られる
方ではない。神を侮ってはなら
ない。今、自分の道に行こうと
しているなら、方向変換して御
霊に従おう。御霊に蒔くなら、
大きな祝福を刈り取る。
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肉の思いに執着する時その計画
をもって神様は私達を砕き、真
に悔い改めに導かれる。痛い刈
り取りの前に、肉の思いを明け
渡し御霊の導かれる方を選ぼう。