2025年08月17日(日)

「彼らが、『私たちをさばく王を与えてください。』と言ったとき、その ことばはサムエルの気に入らなかった。そこでサムエルは主に祈 った」Tサムエル8:6



イスラエルは、神によって直接統治されていた。しかし民は、他国
のように、人間の王が欲しいと強く求めた。サムエルは老齢になり、
息子たちは主から離れている。敵の攻撃が来た時に、人間の王
が戦ってくれる、そのために自分たちにも王が欲しいと。サムエル
は、その提案が気に入らなかったが、まず主のもとに行き祈った。

私たちもどうだろう。自分の思いと違う事態に直面する時は、どう
こうせず、まず祈る事が大切だ。主は、民が、人間の王を欲した
時に、「彼らを治めているこのわたしを退けた」と言われた。それ
は神を退ける事だと。そして王の権利を知らせよと。サムエルは、
民にどんな犠牲が生じるかを知らせた。息子は戦いに取られ、娘
たちは働かされ、畑は取られ、自分の家来たちに与える。

・・そして自分たちの王のゆえに主に求めても、その時には、主は
答えて下さらないと。大変な事態になるが、それでも、民は、どう
しても王が欲しいと強く言い張った。人が、主の警告を聞かずに、
どうしても欲しいと主張するなら、主は与えられる。主は、彼らに
一人の王を立てよと答えられた。しかし願いが叶えられた結果、や
せ衰えると。

「そこで、主は彼らにその願うところを与え、また彼らに病を送って
やせ衰えさせた」自分の欲望を押し通すのでなく、私たちを愛し、
最善をされる主に従い、主の警告に聞く事が、自分にとって平安
の道だ。それは危険から守られ、主の愛から出た警告だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
主の警告や忠告に聞く耳を持たず、自らの肉の強い願望、欲望を
遂げて行こうとする時に、主は願うところを与えられる。しかし心は
やせ衰える。喜び無く、虚無感におおわれる。主に従う道は喜びと
平安の道だ。御心に歩めるよう、助けを求めて祈ろう。