2026年04月08日(水) 「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々 のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、 私たちは知っています」ローマ8:28
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々 のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、 私たちは知っています」ローマ8:28
信仰人生で、「なぜ?どうして?」という事態が起きる。何が、ど うなっているのかわからない。辛く苦しいばかりだ。しかし、エレ ミヤ29:11にあるように、主は私たちに決して災いを与えられない。 それは、「平安」と「将来」と「希望」のためのものだと。その渦 中ではわからないが、後に、パズルがつながるように、主のご計画 を知ることになる。 「くじは、ひざに投げられるが、そのすべての決定は、主から来る」 とあり、すべての出来事に、主の支配と主権がある。「雀の一羽で も、あなたがたの父のお許しなしには、地に落ちることはありませ ん」。目の前の出来事は、御父の許しの中で起きている。理解を越 えた、わけがわからない事態に遭遇するが、ローマ8:28の通り、主 は「すべてのこと」を益とされる。 そこに主の関与がある。しばしば自分を中心に置くので、自分が思 う通りの益、自分が思う最善と勘違いするが、そうではなく、主が 私たちのために備えて下さる最善だ。それは、自分の思い通りにな るのではなく、「御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められた」 ように、御子のかたちへと変えられる益で、最善だ。 自分の弱さや失敗があったとしても、そこで「すべてのことを働か せて益としてくださる」の信仰に立つ時、主が働かれ、御子のかた ちへと、変えられて行く。主のかたちに似せられて行くとは、何と 光栄な事だろう。そこに神の栄光が現されて行く。 ------------ 自分に全ての決定権があるなら、常に心配し疑いながら生きてしま う。主が愛して、益となるようにご計画されている。現状は主の想 定通りなのかもしれない。主に導かれて歩もう。