2026年02月11日(水) 「サウルは・・言った。『霊媒をする女を捜して来い。私がその女 のところに行って、その女に尋ねてみよう』」Tサムエル28:7
「サウルは・・言った。『霊媒をする女を捜して来い。私がその女 のところに行って、その女に尋ねてみよう』」Tサムエル28:7
ペリシテがイスラエルと戦おうと陣を敷いた。サウルはそれを見て 恐れおののき、恐怖の余り主を求めたが、主からの答えは無かった。 なぜ答えが無かったのか。サウルは、主の言葉に従わずアマレクを 聖絶しなかった。又、ダビデを殺害しようとし、ダビデについた沢 山の祭司達を殺していた。罪を犯しながら、悔い改めなかった。 やり直せたにかかわらず、悔い改めずに罪を重ねて行った。サウル は主を拒み、主は、もうサウルに答えられなかった。ペリシテの大 軍に恐れをなした時、サウルは悔い改めの無いまま、主に助けを要 求するほど高慢になっていた。その結果、霊媒に頼る事となり、罪 に、更に罪を重ねて行った。 主がサウルを去り、サウルの敵となられたこと、王位がダビデに移 ること、サウルも息子たちも、イスラエルの陣営も、ペリシテの手 に渡されること、それを聞くとサウルは「倒れて、地上に棒のよう になった」。戦いの結果、息子たちは殺され、サウルも死に、多く の民も死んだ。ダビデは対照的だ。彼も大罪を犯したが、悔い改め た。主の赦しを受け取り、信仰の生涯を全うした。 私たちも古い性質があり、弱さがあり、どうしても罪を犯してしま う。しかし主の十字架の血潮がある。罪を認め、悔い改めて歩む時、 完全に赦してきよめて下さる。「赦されている」、ここに立つ時、 何度でもやり直す事ができる。どんな時も、前に進んで行ける。 -------------- 罪を犯したときには御霊の平安がなく、悔い改めに導かれる。これ は感謝だ。素直に主に悔い改めたい。すぐに高慢になりへりくだれ ない者だが、罪を認めて、認めて、主から離れずに歩みたい。