2026年07月16日(木) 「彼らは、私の愛への報いとして私をなじります。 私は祈るばかりです。彼らは、善にかえて悪を、私の愛 にかえて憎しみを、私に報いました」詩篇109:4
「彼らは、私の愛への報いとして私をなじります。 私は祈るばかりです。彼らは、善にかえて悪を、私の愛 にかえて憎しみを、私に報いました」詩篇109:4
ダビデは、愛した相手になじられ、真実を向けたにかか わらず、憎しみで攻撃されるという、辛く苦しい経験を した。サウル王やアブシャロムによる攻撃、迫害ではな いかと言われている。どれほどの苦悩であったろう。心 を込めた誠実な愛や、真心は必ず相手に通じると思いた いが、そうでない場合がある。 その時はどうすれば良いのかを、ダビデを通して学ぶ事 ができる。真心と愛をもって接して来た人々が、敵対し、 立ち向かって来る。邪悪な口と、欺きの口と、偽りの舌 をもって、憎しみの言葉で取り囲み、罵り、なじって来 る。極めて苦しい状況だ。まさに、人間の神に対する態 度そのものだ。 しかし神は、神を捨て、無視し、神に敵対する者を更に 追いかけ、御子まで殺して下さった。その御子を私達は どう扱ったか。神の愛すら通じないのであれば、罪人で ある人間同士の愛が、通じなくとも不思議はない。主は 十字架上で、人々の罵りに対してどうされたか。人々の 赦しを御父に祈られた。 ダビデも同じだ。「私は祈るばかりです」。相手に復讐 するのでなく、神に心の内のすべてを打ち明け、神に叫 び、神に知って頂くことができる。神に心の内を叫び祈 ったダビデは、この後一転、賛美と感謝へと変えられて 行く。 今、もしこのような苦しみの中にいるなら、答えは「私 は祈るばかりです」。神に向かい、心の何もかもを打ち 明け、聞いて頂こう。ゆだねて行こう。主は祈りを聞き、 平安に変えて下さる。 ------------- この悲しみ、苦しさ、悔しさを主が全てご存じだと思う とすっと息がつける思いがする。今はまだ解決の道は遠 くても、主に向いて祈っていける。何と感謝だろう。