2026年07月01日(水) 「目の見えぬパリサイ人たち。まず、杯の内側をきよめ なさい。そうすれば、外側もきよくなります」 マタイ23:26
「目の見えぬパリサイ人たち。まず、杯の内側をきよめ なさい。そうすれば、外側もきよくなります」 マタイ23:26
主は、パリサイ人に対して、極めて厳しい言葉を語られ ている。「忌まわしいパリサイ人」「偽善の律法学者パ リサイ人」「目の見えぬ手引きども」「白く塗った墓、 死人の骨や汚れたものでいっぱい」「内側は偽善と不法」 「中は強奪と放縦」「蛇ども、まむしのすえども」と。 主は、彼らを憎まれたのではなく、悔い改めることを望 んでおられた。主が見られるのは内側なので、幾ら外側 ばかりをきよめても、何にもならない。主が喜ばれるの は、外側をきれいにする事でなく、内側の罪深さ、醜さ、 憎しみ、妬み、高ぶり、偽りを悔い改めることだ。 パリサイ人は内側は関係なく、外側だけを、行ないだけ を問題にした。今の私たちは、パリサイ人を外部から見 ることができるが、しかし、自分自身もまた、容易にパ リサイ人なってしまう。人からどう見られるか、外見が 気になって仕方がない。嫌われたくはなく、良い人に見 られたい。 そのため無意識にも、良い人に振る舞ってしまう。人の 目を気にして、外側を繕ってしまう。それを続けている と、良い人でも何でもない自分を、良い人だと勘違いし てしまう。そして、高慢に陥ってしまう。本当の自分は 、妬みや憎しみ、裁き、怒り、イライラでいっぱいだ。 これならパリサイ人と同じだ。主は、私たちを愛して下 さっているので、本当の姿を教えたい。説教や学び、デ ボーションの御言葉を通して、照らし出して下さる。悔 い改めて、赦し、きよめるためだ。偽善に陥る事から守 って下さるためだ。 ------------- 外側を整えることで安心している事を認めたい。本当の 姿が見えなくなってしまう。内側の信仰をいつも新しく され、主によって生きていこう。