2026年04月10日(金)

「あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配して くださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようには なさらない」詩篇55:22  


幼児が、口の狭いキャンディボックスに手を入れ、キャンディを握
りしめ、手が出ないと泣き叫ぶ。キャンディを放すと、手が出るよ
と言うが、絶対に嫌だと泣くばかり。滑稽な光景だが、私たちも同
じようだろうか。心がザラつき、悶々と辛く苦しい。その時は、何
かを握りしめている。憎しみや妬みか、裁く思いか、自分を通した
い肉の思いか。

憎しみや妬みは、相手でなく自分が苦しむ事になる。平安が無く、
喜びが無い。キャンディを放すなら、ボックスから手が出て自由に
なる。憎しみや妬み、赦せない思いを手放す時、心は解放され、喜
びと平安が戻る。しかし強い自我は、放したくない。苦しいのに、
憎んでいたいし、妬んでいたい。罪の性質だ。

「放す事が出来ません」「したく無い者です」と自分の姿を認める
事から始まる。ある人が子どもの難病を、どうしても受け入れられ
ないでいた。「なぜ?自分の子が?」と涙は溢れ、グルグル思いは
回り、苦しく、主に対して反抗している自分がいた。悶々の心は辛
くてたまらず、とうとう、もう限界だった。

ギリギリの中、行き詰まり、煮詰まり、ギブアップした。助けて欲
しい。自分自身も子ども、将来も、何もかもを明け渡した。その時、
状況は何も変わらないのに、心に初めて不思議な安堵が臨んだ。何
にも代えられない平安だった。心がすうーっと落ち着いた。委ねら
れないで握っている状態なら、その事を主に告げて、ありのままの
心を正直に祈ろう。
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祈っても握りしめなかなか主に渡せない。何が怖くて主に手渡せな
いのか、ありのままを祈ることから始めたい。全てを主にお任せし
たい。主が心配してくださる。