2012年06月17日(日)

「求めなさい。そうすれば与えられます」マタイ7:7



祈りは学校だと言われている。私達は自然によく祈れるようになるのではない。
祈りは実践を通して、教えられて行くものであり、身につくものだからだ。自分
の祈りをよく顧みると、その場限りのいい加減な祈り、気まぐれな祈り、自己中
心な祈り、思いつきの衝動的な祈り・・そんなものも多い。

神がすぐに答えずに、祈り続けさせられるのは、一体自分が何を求めているのか、
自分の本当の願いは何なのかを、心の底にあるものを、自分自身をわからせて下
さるためだ。衝動的な祈りは、翌日にはもう忘れてしまっている。真に求めてい
るものではないからだ。

本当に求めているもの、心からの願いは、祈り続ける事が出来る。時間に耐え得
る。どちらでも良いものは、少し長引くと、もう祈り続ける事が出来ない。自分
の祈りを振り返る時、よくわかるかも知れない。神が答えを差し控え、祈り続け
させられるのは、自分自身の祈りをよく吟味させるためだ。

何が本当に必要で大事なのか、何が自分の願いなのかを、自分で理解して行く。
祈りにより、神と向き合う中で、自分を知り、自分の思いを知り、神のみ思いを
知り、神ご自身を知って行く。

信仰が祈りにより、一歩〃成長して行く。自らの日々の祈りを今一度点検してみ
よう。そして、主に心を開いて、主と向き合い続けよう。その中から、御心にか
なった祈りを体験的に見い出して行く。

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主は、どんな祈りも聞いて下さっている。ただ、御心にかなった祈りだけが、叶
えられる。そのため、主は祈りを導いて下さって、主のお心にかなうように、軌
道修正して下さる。その事を祈りの中で経験する。祈りを続けよう。多くの事を
学ばせて下さる。