2018年08月18日(土)

「悪いことをする者は光を憎み。その行ないが明るみに出されるこ とを恐れて、光のほうに来ない。しかし、真理を行なう者は、光の ほうに来る」ヨハネ3:20



人の古い性質は、やみを愛すると御言葉が言う。「人々は光よりも
やみを愛した」と。肉は、罪を憎むのではなく、罪を愛する。罪を
犯すと時、心の本当のところは、そうしたくないけれど、罪を犯す
のではなく、そうしたくて罪を犯している。肉は快楽を好む。誘惑
に乗って行ってしまうのは、誘惑を拒絶したくなく、本当はその誘
惑の中にいたい。罪の性質だ。

誘惑は心地良い。誘惑は必ず甘い。苦ければ誰も誘惑になど乗らな
い。そこから出たくない。古い生まれつきの性質だ。ぎまんに陥ら
ないために、「〜できない」のでなく「〜したくない」と認める事
が大切だ。光でなく、やみを愛する罪の性質が、自分の内にある事
を知っておく事は有益だ。

又、私達は自分は見える、わかっていると言って、光を拒む。自分
が見えない事を認めない。しかし光を拒むなら、暗闇の中で見える
のは、自分だけだ。自分しか見えない自己中心の世界の中で、絶対
に自分は正しく、間違っておらず、相手が悪いとしか見えない。

真理を行なうとは、自分の罪を正直に認める事だ。自分はやみを愛
する者であり、自分を正当化しては、人を裁き、周囲を責める者で
ある事を認めて行く。その時、その人は光にいるので、神が見える。

神が見えるので、更に自分の本当の姿がはっきりと見えて、悔い改
める事ができる。赦しを受け取り、新しくされる。今、自分はどん
な状況だろう。主の前で正直でいる時、光の中だ。

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御霊を宿しているなら、弱さのゆえに罪は犯してしまうが、罪の内
を歩み続ける事ができない。その方が苦しいからだ。必ず御霊に従
って行く。「神から生まれたので、罪の内を歩み続けることができ
ない」、必ず光の方へ行き、悪から守られる。