2022年11月17日(木) 「ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主がソドムと ゴモラを滅ぼされる以前であったので・・どこもよく潤っていた」 創世記13:10
「ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主がソドムと ゴモラを滅ぼされる以前であったので・・どこもよく潤っていた」 創世記13:10
アブラムは「わたしの示す地へ行け」との主の御声を聞き、主から の示しを受け、それに従い旅立った。しかし甥のロトは主の御声を 聞いたのでも、祈ったのでもなく、ただ伯父のアブラムについて行 った。伯父といれば、利得があると思ったのかも知れない。そして ずっとアブラムの後について、歩んで来た。 アブラムへの主の豊かな祝福ゆえに、ロトも所有物がどんどん増 し、そのため、双方の牧者たちの間で、争いが起き始めた。一緒に 歩む事が困難になった。それでアブラムは別行動を取る事にし、ま ずロトに好きな土地を選ばせた。「もしあなたが左に行けば、私は 右に。もしあなたが右に行けば、左に」と。残った方へ自分は行く からと。 ロトはそこで主を仰ぐ事も、祈る事も、又、伯父の恩義に報いよう とする事も、年長の伯父を立てる事もなかった。自分の利得のみ で、どこが一番有利かと見渡した。そして見た目に、最も潤ってい る肥沃な地を選んだ。見た目には麗しい地であったが、しかしそこ は邪悪なソドムであり、滅ぼされる地であった。 一方主に委ねていたアブラムは、残った所を取った。アブラムは選 ばなかったが、主が選んで下さった地だった。ロトは肉の目でソド ムを選び、自らの選択であった。肉で選択する事と、主に委ねて歩 む事の大きな違いを見せられる。 私たちも、進路を主に委ねて歩もう。主が選んで下さった進路は最 善だ。そこには思いを遙かに超えた祝福が備えられている。祈っ て、主の御声を聞いて、歩む幸いを見せられる。 -------------- 祈っていると不思議に別の道に背中を押される経験をする。節目や 曲がり角で主がそれとわかるように教えてくださる。主が共にいて くださる場所が祝福だ。思いを主に委ねて導きの地を祈ろう。