2026年10月18日(日)

「雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその 家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。 岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べるこ とができます」マタイ7:25



主は、山上の説教の最後で、二種類の土台が
あると言われた。二つの家がある。外側は全く
同じだ。だが土台が違う。一方は「岩」で、もう
一方は「砂」だ。そして岩の上に建てるのが、賢
い人で、砂の上が愚かな人だと言う。順境の時は、
外側は同じなので、見た目には変わりは無い。
しかし、嵐の逆境の時に、違いが明らかになる。

私たちには、必ず試練が来る。経済的、苦境、
病気、対人関係、離別・・突如として臨む。
その時に、違いが明らかになる。岩の上の家
は絶対に倒れず、嵐の中も立ち続け、乗り越
える。だが砂の上の家は、立ち行けず倒壊し
てしまう。それもひどい倒壊だと。悩み問題
が起きた時、岩の上なら必ず導かれ乗り越え
るが、砂の上なら、立ち行けず倒れてしまう。

岩の上に家を建てるとは、主の言葉を聞いて、
行なう事だ。砂の上に建てるとは、御言葉を聞
くが従わず、実行しない。山上の垂訓の最後
に、この箇所が出て来る。「あなたの敵を愛せ
よ」など、自分の力、人の頑張りでは不可能だ。
しかし自力で行なうのではない。主にとどまる
時に、御霊が成し遂げて下さる。

助けるために絶えず共にいて下さる。自分には
できない、だが祈って行く時に、取り扱いを受け、
一つ一つと成し遂げられて行くのを経験する。主
に従い、御言葉を行なって行く事が、主を愛する
ことだ。そして、主を愛する人のためには、すべ
ての事を益として導いて下さる。何と感謝な事だ
ろう。

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嵐は、すべての人に必ず来る。大、中、小の試
練は何度も来る。嵐でなく、土台が問題だと。
語られた御言葉を行なっているかどうか、御霊
が探って下さるように。