2026年09月09日(水)

「互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くこと があっても、互いに赦し合いなさい」コロサイ3:13


私たちは頭では、人を赦すべきとわかっている、よくわ
かっているのだが難しい。ある人が、自分の悪口を言わ
れている事が、巡り巡って入って来た。それが、ニコニ
コと寄って来るような相手で、陰では悪口を言っている
事に、腹が立って仕方が無い。怒りが沸き、赦せない思
いでいっぱいになった。

それが、毎日の祈りの時に、祈れなくなってしまったの
だ。「私たちの負いめをお赦し下さい。私たちも、私た
ちの負いめのある人たちを赦しました」との御言葉に迫
られ、先に進めなくなった。赦せない思いがある所には、
怒りがある。相手を赦せない、怒りと憎しみがある事を
示され、苦しくなった。だが、思えば思うほど腹が立ち、
絶対に赦したくない。

それなら、自分の負いめも赦されないことになる。悶々
状態だ。とにかく、まず祈りに持って行こうと、あるが
まま主に告げて行った。赦したくない、しかしこのまま
で良いはずはない。助けを求めて祈り続けていた。する
と、御霊により、思い起こさせられた。皆、弱さがあり、
罪人であり、完全な人などいないこと。

赦しは、意志による選択であること。意志を向け選択す
るなら、御霊の助けが臨むこと。赦せない思いに縛られ、
主の御心を行なう事ができなくなる事・・、心が少しづつ
落ち着いて行った。祈っていると、不思議に心が変えら
れて行く事を経験した。長い時間を要する事があるかも
知れない。しかしとにかく祈り続けよう。必ず主が働か
れ、導かれて行く。
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出来るか出来ないではなく、赦せるようにと祈ろう。御
心の祈りは必ず叶えられる。された悪がくり返し思いに
来るが流していこう。必ず主が解放してくださる。