2026年09月03日(木)

「わたしは烏に、そこであなたを養うように命 じた」T列王17:4


私たちは、主に喜ばれたいと願う。何が、主に喜ばれる
のだろう。あれやこれやをお献げすることだろうか。主
が、喜んで下さるのは、自らに備えて下さっている御心
は何か、又、主の、私へのご計画は何かを祈り求め、そ
れを悟り、従って行くことだ。自分が良かれと思うこと
ではなく、主の御心が重要だ。

でなければ、的はずれになってしまう。もし、主の御心
の中にいるなら、それが目立つことでも、誰にも知られ
ないことでも、王としてでも、門番としてでも、又、そ
れが病院のベッドの上だとしても、主の御心に歩んでい
るので、自分自身には、感謝の思いがあり、喜びがあり
平安に守られる。

主を見上げ、自分と主との関係の中で歩んでいるからだ。
エリヤが、主の示しによりアハブ王に、2.3年の間、雨が
降らないと告げた。これから日照りで、大変な飢饉とな
るだろう。アハブの手を逃れさせるために、主は、エリ
ヤに「ケリテ川のほとりに身を隠せ」と命じられた。

その川の水を飲み、烏に「そこで」あなたを養うように
命じた、と。その主の言葉通りに、烏が朝夕にパンと肉
を運んで来た。普通、烏は食物を運ばない。自分が食べ
てしまう。主の奇跡だった。川が枯れるまで、エリヤは
そこで養われた。「そこで」が非常に大切だ。

御心の中心に、御心の場所にいるなら、すべての必要が
備えられている。エリヤは「行って、主のことばのとお
りにした」。ケリテ川のほとりに住んだ。御心を実行し、
従う時に主のみわざを見て行く。主の御心を求め、その
御心に従えるよう祈ろう。
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日々、自分の希望を叶えるためにはと考え、祈るが、ま
ず主の御心を求めたい。そして、今の場所が「そこで」
あるなら、ますます感謝を深く主に献げて歩みたい。