2026年09月15日(火)

「愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去 られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったい だれのものになるのか」ルカ12:20



ある金持ちが、豊作の時に言った。「倉を取りこわして、
もっと大きいのを建て、穀物を全部そこにしまっておこ
う」。これから先何年分も貯められたから、さあ、もう
安心だ。食べて飲んで楽しもうと。しかし神は「今夜、
お前の命は取られる。お前が用意したものは、誰のもの
になるのか」と。

これから思う存分楽しもうとしていた金持ちは、その夜、
亡くなった。金持ちの上に、更に豊作で、倉の上に更に
大きな倉だ。だが、貧しい人々に分け与えようとの思い
は全く無かった。ひたすら自分、自分、どこまでも「自
分」であった。すべて自分の所有物だった。しかし重大
な間違いは、彼が、自分がいつか死ぬ事、神の前に立つ
事を、全く考えていない事だった。

彼には、「神」も「死の備え」も皆無だった。そのため
神は、彼を「愚か者」と言われた。富を、どう使うかに
よって、自分には何が大切で、何に価値を置いているか
を表わす。自分は何が大事なのだろう。命は、神の御手
に握られている。もし、神の御前に生きていたなら、こ
の豊作の与え主である、神にまず感謝を献げたろう。

次に、神より与えられた豊かな作物を、どう用いて行け
ば良いかを祈っただろう。神の望まれる通りに、管理し、
用いて行く。そこに大きな喜びと平安があり、それが神
の前に富むということだ。又、もし富が少ないとしても
「わたしは決してあなたを離れず、あなたを捨てない」
と言われる主が、常に共におられることを覚えよう。
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人のいのちは、財産や持ち物にはないという事を、よく
わきまえていたい。物に頼っているならいくらあっても
不安だ。主の恵みに感謝して日々主と共に歩みたい。