2010年09月16日(木)

「肉にある者は神を喜ばせることができません。けれども、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら・・肉の中にではなく、御霊の中にいるのです」ローマ8:8


神は「祈れ」と言われるが、肉は「時間のある時に、祈れば良い」「もっと後で祈ろう。これを先にした方が効率が良い」と言う。神は「時を生かして用いなさい」と言うが、肉は「自分の好きな事をしたい、好きな事を楽しみたい」と言う。
神から「今、祈りなさい」との示しが来るが、肉は「さあ、テレビを見よう、今は疲れてるから、まずはくつろいで、休まなくては」と言う。肉は今が良ければいい、安楽でいたい。

「すべての事について感謝しなさい」との示しに、肉は「良い事があった時に感謝すればいいさ」そして良い事があった時には、らい病を癒された9人のように感謝しないで、自分の道に向かって行く。かと言って、試練の時には思いきり不信仰になり、愚痴と不満と反抗心で一杯になり、肉は何とどこまでも神に逆らう
事だろう。

神に敵対し、御心に逆らう。神に従う事を喜ばず、自分を喜ばせる。自分の好きなように、思い通りに歩みたい。御霊に、神の御言葉に導かれなければ、どこへ向かうかわからない。自己中心に生きようとする肉の性質が、常に自分の内にある事をよくわきまえて、絶えず御霊に拠り頼もう。

自分の力ではどうにもならない。御霊に拠り頼むなら、主の喜ばれる道を選び取れる。祈りが力だ。目の前の一つ一つを今日も祈って歩もう。主に呼ばわる時、主が答え、一つ一つを導いて下さる。
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肉の声に従うとどうなるかは、既に経験済みだ。けれど常に葛藤しながら歩んでいる。祈らず動くのではなく、私たちの弱さも自我の強さもすべてをご存知の主に、従えない思いを告げてみよう。祈りの中で主が教えて下さる。