2012年01月17日(火)

「あなたのみこころを行なうことを教えてください。あなたこそ私の神であられますから」詩編143:10


神の導きを求める時に、一番大事な事が、まず自分の意志を、神に明け渡すことだ。これがネックになっていて、神の導きを求めるが、なかなかわからない。自分の意志が決まっているなら、まず、示されたとしても、自分の心が受け入れない。自分の思いと異なるものは、排除してしまう。無意識にそうしてしまうので、気づかない。白でも、黒でも、右でも、左でも、自分の思いでなく、主の御心に従いますと、明け渡す時、問題は解決して、前に進む。

心がその状態になった時、祈りの中で神の御声に耳を澄ましていると、神の御声が聞こえて来る。それはデボーションであったり、礼拝メッセージであったり、学び会の時であったり、心に臨んで来る。導きが、御言葉に矛盾する事は、決してない。そして、次に状況に目を留める。環境を通して導かれる。例えば、受験や就職試験で、不合格なら、はっきり御心ではない。他に更にふさわしい御心の道が備えられている。

目の前で、門を、開き閉じしながら、神は導かれる。そして、祈り続けて、心に平安があるかどうかを見る。一抹の不安があるなら、事を急がないで、更に祈り続ける方が良い。その道が御心なら、不安を取り去り、平安を与えて下さる。御言葉、心の平安、開かれた環境、この三つが一直線に揃ったなら、ゴーサインだ。その時は、前進すべきだ。
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神様の導きがわかるまで、心も環境も整えられるまで、答えを急がず祈り続けよう。行く道も退くべき道も、神様の確信を受けとってからだ。迷わずに歩める道があるとはなんと力強いことだろう。