2014年09月16日(火)

「まことに、私をそしる者が敵ではありません・・そうではなくて、おまえが。私の同輩、私の友、私の親友のおまえが」詩篇55:12 


詩編55篇で、著者は、親友からの裏切りに、胸も張り裂けんばか
りに苦しんでいる。苦しみも喜びも共にして来た同輩である、その
友が自分を攻撃して来る。それも最も恐ろしい敵となって立ち向か
って来る。いかばかりの悩み、苦しみ、痛みだろう。「私の心は、
内にもだえ、死の恐怖が、私を襲っている。

恐れとおののきが私に臨み、戦慄が私を包んだ」とあるがままの、
おびえた心の状態をそのまま率直に主に告げている。荒野へ逃げた
いと、その荒野こそが私の逃れ場と。自分で何とかしようとせずに、
まず主にあるがままの心をことごとく吐き出し、告げる事が大切だ。
その祈りに主は答えて下さる。

私たちも、不安、恐れ、煩悶、思い煩い、すべてをありのまま、主
の前に吐き出す事が、どうしても必要だ。主はことごとく受け止め
て下さる。「私が、神に呼ばわると、主は私を救ってくださった」
詩編記者は、主に受け止められ救われた。「夕、朝、真昼、私は嘆
き、うめく」と、ことごとく吐き出す時に「主は私の声を聞いてく
ださる」祈りが聞かれているという、心奧深くに確信を得た。

主の救いを経験し、はっきり主との交わりを得た記者は「重荷を主
にゆだねよ。主は心配していて下さるから」と確信持って言えた。
記者のように「私は苦しんで、心にうめき、泣きわめいています」
と、そのままの気持を告げて行こう。
------------
信仰生活が長くなると祈る前から建前の道筋はよく見え、御心が最
善だからと自分の思いはそっと脇におく。私たちの主はその思いを
深く心配し背負ってくださる方だ。本音を全てを主に告げてみよう。