2016年02月15日(月)

「やみが消え去り、まことの光がすでに輝いているからです。光の中にいると言いながら、兄弟を憎んでいる者は、今もなお、やみの中にいるのです」Tヨハネ2:9 



光の中にとどまる人は、決してつまずくことがない。なぜなら光が
あるからだ。よく見えているのでつまずかない。人がつまずくのは、
光の中にとどまらず、闇の中にいるからだ。闇の中で、人は何も見
えずつまずく。「光の中にいると言いながら、兄弟を憎んでいる者
は、今もなお、やみの中にいる」やみの中にいるしるしは、兄弟へ
の批判、非難、悪口、憎しみ、敵対心だ。

兄弟への敵対心、憎しみがあるなら、私たちはやみの中にいる。幾
ら、自分は光の中にいると言っても、御言葉がやみの中だと言う。
まず自分がやみの中にいる事を認める時に、それはすでに光の中だ。
兄弟を愛して行くなら、やみの中にはおらず、それは光の中におり、
つまずく事なく、真っ直ぐに歩んで行けると言っている。

霊的にダウンする時、相手や環境のせいだと思う。嫌な相手、嫌な
環境のために憂鬱で、自分に喜びがなく、落ち込んでいると。人や
状況さえ変われば、平安で幸せなのにと。しかしそれは原因ではな
く、自分と主との関係が原因だ。平安が無いのは、主との関係に問
題がある。心に憎しみがあるかも知れないし、人からの評価や賞賛
を求めているのかも知れない。

心が神以外のものに向いている時に、必ず喜びが失せ、不満、愚痴、
裁き、妬みが出て来る。問題が混乱してくる時、まず自分と主との
関係に焦点を置こう。まず主に向く時、光の中だ。どんな状況でも、
主を見上げる心は平安であり、物事が正しい位置に置かれて行く。
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徐々に目の前の問題が大きくなり、自分の気持ちしか見えていない
ときは、主との関係が崩れていないだろうか。御言葉を読む時、祈
りの時を保ち、光の中から自分を見ていこう。