2018年06月16日(土)

「しかし、主よ。私は、あなたに信頼しています。私は告白します。 『あなたこそ私の神です』」詩篇31:14


私達は、常に、何かに頼って生きている。自分は、自主独立で、他
の何にもいっさい頼っていないという人がいるが、その人は自分の
何かに頼っている。人間は被造物なので、何かに頼らなければ生き
て行けない。神に頼る事が、人間の真の正しい自立だ。正しく神に
頼らなければ、必ず他の何ものかに依存する。

富であったり、地位、名誉であったり、自分の力や考え、経験に頼
る。富を頼みとする人は多い。富さえあれば、何でも出来ると錯覚
する。富が自分の夢を実現させ、幸せを与え、老後も保障してくれ
ると思う。しかし、富は愛を与えてはくれず、罪の赦しも得られず、
真の平安も満たしも与えてはくれない。

大資産家のザアカイは、孤独と虚しさの中にいた。ニコデモや若い
役人は、富も、地位も名誉も人々の尊敬と賞賛も、何もかも持って
いたが心は満たされていなかった。ある人々は、人に依存する。サ
マリヤの女性は、男性に依存していた。男性が自分を幸せにし、心
を満たしてくれると信じていた。そのため5回の結婚を繰り返した
が、心は満たされ無かった。

私たちも、もし、神以外に頼っているものがあるなら、それは偶像
であって、偶像礼拝になってしまう。真の喜びと平安は無い。神以
外のものに依存しているなら、御霊からの気づきが与えられるよう
に。そして主に信頼し、主をのみ頼りとして行けるように。その時
に、御霊の喜びがあり、心底の平安、世のものではない、主の平安
が与えられる。

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目の前に、突如の問題が来たらどうだろう。祈りつつも、とっさに
頭で対策をぐるぐる巡らせる。目の前の状況に飲み込まれ、自分の
思いと力に頼る。しかし平安は無く、不安で一杯だ。その度に主に
頼ることを学ばされる。主に頼って行く時に心底の安堵を経験する。