2018年09月16日(日)

「見よ。わたしはあなたがたのために、パンが天から降るようにす る。民は外に出て、毎日、一日分を集めなければならない。これは、 彼らがわたしのおしえに従って歩むかどうかを、試みるためであ る」出エジプト16:4


神は、出エジプトを果たし、荒野に出た民たちを、40年間養われた。
天からマナを降らせられ、毎日1日分だけを集めるように言われた。
その日の分だけだ。6日目だけは、2倍集めたるようにと。7日目
は安息日であり、集める事ができないからだ。しかしある人々は、
主の命令に従わず、欲張って翌日分まで取り込んだが、それは虫が
わき、腐ってしまった。

又、ある人々は、6日目に2倍集めず、安息日に取りに出た。しか
し何も見つからなかった。主はこの事を通して、「教えに従って歩
むかどうかを試みられ」た。荒野の40年の間、1日たりともマナの
無い日はなく、主が民を愛し養われた。

又、これは日ごとの糧を表わしている。主は、その日その日の必要
を必ず与えて下さる。明日の心配はいっさい無用だ。明日の糧を求
めよとは言っていない。今日の糧だ。明日のことは明日が心配する。
今日1日の糧があれば充分だ。明日の心配は必要無い。能天気でよ
いという意味ではなく、主が心配していて下さるから不要なのだ。

「あなたがたの思い煩いをいっさい神にゆだねなさい。神が・・心配
してくださるからです」の通りだ。今日、糧が与えられている事を
精一杯感謝して、明日は、主にお任せしよう。主はその人を、どん
な時も平安と喜びの中に守って下さる。

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明日の心配が無用なのは、主が明日の必要を備えていて下さるから
だ。だから明日を思い煩わずに、今日の御心を、今日なすべき事を
精一杯行なって行けるように。毎日一日分、主を信頼して生きて行
くことを学ばせて下さっている。