2022年08月17日(水)

「良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれを悟る人のことで、 その人はほんとうに実を結び・・」マタイ13:23



種蒔きのたとえで、道ばたに落ちた種が出てくる。種である神の言
葉が、道ばたに落ちた。もし大切な種なら、落ちたまま放っておく
だろうか。もし財布や貴重品が落ちたらどうだろう。放置するだろ
うか。そんな事はしない。放ったままなら、それは捨ててもよい
物、どうでもよい物という事になる。

道ばたの心は、主の言葉をそんなに気に留めていない事になる。だ
から「悪い者が来て、その人の心に蒔かれたものを奪って行く」
と。悪魔が来て、信じて救われることがないように、御言葉を持ち
去ってしまう。心に入らない事は、聞かなかった事と同じになって
しまう。

種が無いなら、実を結ぶ事は有り得ず、自分が変えられる事もな
い。エジプトの奇跡の時に、主が、激しい雹を降らせるから、今す
ぐ野にあるすべてのものを避難させよ、死んでしまうからと言われ
た。その時、御言葉を畏れた者は、その通りに家に避難させた。

しかし主の言葉を心に留めなかった者は、しもべや家畜をそのまま
野に残した。主の言葉を畏れる時、御言葉を受け取り、行動となっ
て表われる。私たちの心の態度はどうだろう。御言葉をへりくだっ
て大切に受け取り、尊んでいるだろうか、それとも軽んじているだ
ろうか。

主の言葉には力がある。愛があり、真実があり、御言葉は、神のみ
わざを成し遂げて行く。聞く耳のある者は聞けと言われる。祈っ
て、御霊に助けられて、御言葉を真剣に聞こう。そして示された御
言葉を実行して行く時、豊かな実を結ぶ。
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御言葉に従おうと向き合うなら自分が変えられ、不思議に状況も変
えられる。実を結べるよう主が助けてくださるからだ。御言葉の種
を大切に心に受け取ろう。主が豊かに耕してくださる。