2008年10月17日(金)

「人は自分の行いがことごとく純粋だと思う。しかし、主は人のたましいの値うちをはかられる」箴言16:2



ある人が、ある時友人が仕事で成
果を上げ、皆から大変な賞賛を受
けているのを見た時に、心に何か
ザラッとするものを感じた。何か
心に平安が失せ、帰宅後、何もか
も置いてまず、主の御前に静まっ
た。何か心にひっかかり、心が暗
く、重い。主に心の内を打ち明け、
心を探って下さるように祈った。
静まっていると、御霊が心の底に
ある妬みを示された。しかし、相
手は親友だ。そんなはずは無い。
今まで気持ち良く、仲良く付き合
って来た仲だ。しかし、御霊は示
された。実は初めからあったもの
で、決して自分が親友を妬むなど
と信じたくないし、認めたくない
ので、心の奥に抑えつけられ、封
印されたものであった。見ようと
せず、認めなかっただけで、自分
は彼を妬んでいたとはっきりわか
った。その事を主の御前に心から
悔い改めた。すると、心がすっき
りし、晴れ晴れして、平安と喜び
で一杯になった。主の赦しと愛に
触れた。自分が認めたくないもの
は、心が無意識に抑え込む。そし
て、それは無いものとしてしまう。
自分が全く気づかなかった思いや
罪を、御霊の光に照らし出された
経験があるだろう。御霊は内にあ
るものや、又、動機を照らし出さ
れる。一つ一つ認めて悔い改める
時、自由にされて行く。喜びが増
し加わって行く。
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光のうちに罪を照らされる事はな
んと感謝なことか。悔いて、赦さ
れ、神様の励ましを受けられる。
そこから謙遜にされまた歩める。