2026年05月16日(土) 「このミカという人は神の宮を持っていた・・その息子 のひとりを任命して、自分の祭司としていた」士師17:5
「このミカという人は神の宮を持っていた・・その息子 のひとりを任命して、自分の祭司としていた」士師17:5
ミカという人がいた。母親が銀千百枚を盗まれた。 その時、母親は盗んだ者を呪った。だが息子のミカが、 盗んだ事を知ると、何と息子を祝福する。子を愛する なら、懲らしめるべきだ。溺愛で、一貫性無き自分の 都合次第だ。ミカが銀を返した時、母親は、その銀を 聖別して主に献げると言った。 が、二百枚を献げただけで、その銀で我が子のため に、彫像と鋳像を作った。主が忌み嫌われる偶像を 作る、それがミカの母親だった。ミカも、自宅に宮を 作り、自分の息子を祭司にしていた。だいたい神の 宮を家に作るなど有り得ないし、息子が祭司になど なれない。 そんな時、レビ人の若者が来たので、財力で自分の 家の祭司にした。レビ人も、お金に目がくらみ、受け 入れた。祭司は、レビ人でも、アロンの子孫しかなれ ない。王が無い時、このように霊的にも道徳的にも混 乱し、偶像礼拝がはびこり、秩序は乱れ、カオス状態 だ。これも、周囲の民の偶像礼拝や風習に影響され た事による。 口では、「主」「神」だが、する事は、神に背いた事だ った。めいめいが自分の目に正しいと見える事を行 ない、正義も、義も、主の御心も無かった。ただ自分 の損得、自分の都合で、判断もその場〃で変わる。 真理が無い。それは、「王がない」ためだと。人は、王 が無い時に、自分中心に、自分の思いのままに歩む。 私たちも、どうだろう。主に心の王座に来て頂こう。そ うでないと、正反対に方向を誤ってしまう。 ・・・・・・・・・・・・ 「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の 終わりは死の道である」。自分に都合の良い、肉の 選択は、主の栄光と真逆の結果になってしまう。御 霊の導きに従えるよう祈ろう。