2013年07月16日(火)

「悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る」ヨハネ3:20

          
                 
光の中にとどまる人は、決してつまずくことがない。なぜなら、光は、常に、「罪」を照らし出すので、その示された罪を悔い改めることができる。そして、悔い改めた罪は、完全に赦されるので、いつも光の中におり続けることができる。それが真理を行なう者だ。光の中にいる人とは、罪を決して犯さない人ではなく、悔い改めて、悔い改めて、罪赦されて赦されて生きる人だ。

人がつまずくのは、光の中にとどまらないからだ。やみの中に入ると、真っ暗闇で、罪が見えない。罪が見えないので、悔い改めることができない。赦しを受けることがない。そして、罪が見えないので、常に自分が正しいと思っている。それは罪を認めたくないからだ。人への憎しみ、非難、裁きがあるなら、やみの中にいる。しかし、理由づけをし、自分を正当化するので、悔い改めがない。悪いのは相手で、自分は悪くない。相手のせいで、自分はこんなにも苦しい。

しかし、自分が相手を裁いていることは、認めたくない。主の御心は愛することで、愛したくないから、苦しいのだが、気づかない。しかし、真理を行なう人は、愛したくない自分を認める。愛せないのではなく、愛したくない。憎んでいたい自分を認めて、悔い改める。その時、御霊から愛が与えられる。だから、光の中に、おり続けることができる。
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★ご承知と思いますが、13日分御言葉の箇所が“だれが、あなたがたにまことの富を任せるでしょう”の書き間違いで、申し訳ありませんでした。続けて祝福をお祈りしています。