2014年10月16日(木) 「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい」ピリピ2:3
「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい」ピリピ2:3
ピリピ教会には、不一致の問題があった。「ユウオデヤとスントケ ・・あなたがたは、主にあって一致して下さい」と。ピリピ教会に は、外部からの反対者からの迫害もあった。そのためにどうしても 一致が必要であった。そして、「キリストにあって励ましがあり、 愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがある」の で、だから、一致を保ち、志を一つにして行くようにと。 教会の一致を妨げるものが、「自己中心」と「虚栄」とある。そし て、一致に必要なものが「へりくだり」だ。それは「互いに人を自 分よりもすぐれた者と思う」ことだ。私たちは皆、自分のメガネを 持ち、自分の物差しを持っている。これが自己中心であり、自分の 思いが強く、自分の思い通りにしたい。 これで妨げられて、相手の本当の姿を、正しく見ることができない。 これを捨てる時に、初めて相手の立場に立ち、理解して行くことが できる。「虚栄」とはプライドであり、自分が人から評価され、認 められたい。主のへりくだりと対極をなす。 へりくだりは、人を自分よりもすぐれた者と思うことであり、主は、 神であられたのに、神の栄光、特権を何もかも捨てられて、ご自分 を捨てて、無にして、来て下さった。そして、死にまで、十字架の 死にまで従われた。自分には出来ない事を認め、言い表し、御霊の 助けを求めよう。御霊に助けられる時、主のお心を歩ませて下さる。 ------------ 誰もが自分より優れていると思えば落ちこみ、認めてもらいたい者 だが謙遜にならなければ一致もない。主は神であられるのにご自分 を低く低くされた。謙遜を祈ろう。