2017年08月16日(水)

「感謝のいけにえをささげる人は、わたしをあがめよう」詩篇50:23



ある母親の経験だ。家族皆が、慌ただしい朝の準備の時に、子供が
宿題が無いと。今日が提出日だ。登校時刻が迫る。母親も仕事に出
なくてはならない。幾ら探しても無い。母親は、怒りが湧いて来る。
前日に準備するように言っている。「何で、昨日ちゃんと準備しな
いのよ!」腹が立って仕方がない。その間も時間はどんどんたつ。

子供は泣いている。「すべての事について感謝しなさい」がふっと
浮かぶ。この事も感謝なんだと思う。だが一方では怒りがおさまら
ない。子供を叱り責め立てている。感謝だとの思い、いら立ちが交
錯する。いよいよタイムリミットとなり、「神様!この事を感謝し
ます!」と信仰を向けた。

すると子供が「あった!」と叫んだ。思いもかけぬ所に。真に主を
感じた瞬間だった。ある人も経験した。下の子がトイレに積木を入
れていたのを知らずに、上の子がトイレを流した。水は溢れ返り、
小さな洪水だ。うわっ!と思った瞬間、母親は「感謝」を選択した。
「神様、感謝します!」と言った。そして賛美を口ずさみながら、
雑巾で手際よく処置した。

一瞬、緊張し、こわばった、上の子の顔が安堵に満ちて、笑顔がこ
ぼれ、主を伝える時とされた。一見、負の事柄の背後に主の素晴ら
しいご計画がある。感謝する事は、そこに主を認める事であり、信
仰を献げることになる。そこに主は働かれ、あなたも周囲もみわざ
を見て行く。
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感謝できない場面で主に感謝しますと言い表したい。問題しか見え
ない目が主を見て、主を待ち望む体勢になれる。押し寄せる感情か
らも守られ、逆境はその場で祝福へと変えられる。