2019年04月15日(月)

「あなたは私のともしびをともされ、主、私の神は、私のやみを照らされます」詩篇18:28



誰しも経験するが、素直に聞けない御言葉があるだろうか。何だか
耳が痛いので、聞きたくない。目をそらせてしまう。その言葉には
触れたくない。距離を置いておきたい。そんな時、心は嫌がるが、
向き合うことが大切だ。その御言葉が「どうして嫌なのか」「なぜ
聞きたくないのか」を考えてみよう。突き詰めてみよう。御霊が心
を探って下さる。

その中には、自分ではわからない、決して気づけない問題があって、
その御言葉こそが、大きな祝福の言葉で、私たちを成長へと導いて
くれる。実は、うすうす問題に気づいているからこそ、聞きたくな
い。その問題には触れたくない。ふたをしたり、後回し、後回しに
していたい。しかし何かの問題を抱えていて、放っておくなら、更
に根は深くなり、深刻になって行くばかりだ。

内側にあって、無くなるわけではないので、膿んで来る。主は、私
たちのその暗い部分を、光に出し、取り扱い、真の平安に導きたい
と願っておられる。愛なる主の御前に、心を打ち広げ、心を探って
頂こう。何か握り締めていて、主に介入されたくない部分、自分で
もうすうす気づいている部分を、主は取り扱い、導き、心の底から
すっきりさせて下さる。

「神は、深くて測り知れないことも、隠されていることもあらわし、
暗黒にあるものを知り、ご自身に光を宿す」とあり、光のもとに出
る時、闇に光が射し、もはや闇でなくなる。何かもやもやがあるな
ら、まず主に祈ろう。
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繰り返し流してしまう、またかと読み飛ばしてしまう聖書箇所は、
もしかしたら自分の問題箇所ではないか。弱さや闇に気づく事は
感謝だ。主からの光を感じる。じっくりと向き合おう。