2019年05月16日(木)

「イスラエル人は、旅路にある間、いつも雲が幕屋から上ったときに旅立った。雲が上らないと、上る日まで旅立たなかった」出エジプト40:36



イスラエルの民はエジプトを出て、荒野にある間、常に雲の柱、火
の柱を見ていた。進む事にも、とどまる事にも、常に雲と火により
明確な指示があった。「雲が上らないと、上る日まで、旅立たなか
った」とあり、雲が上ると進み、主が止まられる所で、とどまった。
私たちはどうだろう。停止が苦痛でたまらず、早くどんどん進みた
いと思う。

しかし、主が止められる時は、主と共にとどまろう。そんな時こそ
が大切で、主は様々な事を教えて下さる。ある人が転勤で、家を売
る事になった。すぐに売れると思っていた。しかし半年過ぎても売
れず、信仰が試された。祈っているのだが、どうなってるのだろう
と焦って来る。本当に売れるのだろうか。

不思議に何人も契約寸前まで行くのだが、成立しない。しかし、雲
が動くまでひたすら待つ事を学ばされた。「待つ」ことの訓練であ
った。結果的に1年後に大変良い方の手に渡り、主を誉め讃え、心
から感謝し喜びに満ちた。じっと待つ事がいかに難しいかを教えら
れた。しかし時が満ちるなら、必ず雲が動く。人がどうであれ、主
権を持っておられる神が動かされる。それこそが神の時だ。

あれほど動かなかった物事が動き、前進して行く。そしてそれは最
も美しい神の時だ。自分で動かずに、じっと待つ事が大切だ。あな
たも今、「待て」との示しを受けているだろうか。自分で動きたい
衝動、誘惑が来るが、主と共にとどまろう。雲が上る日が、旅立つ
時だ。神の時だ。
------------
祈りながらも、あらゆる手を尽くして自分で何とかしようとしてし
まう。動かない状況にぶつかるとき始めて主の訓練にきづく。動く
時、待つ時をよく悟れるよう、目の前の一つ一つを明け渡していき
たい。