2025年12月16日(火)

「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。 どんなことでも、神にはできるのです」マルコ10:27



主のもとに一人の青年が来た。資産家で、若くして名誉も地位も尊
敬も得て、家庭を持ち、すべてを持っていた。しかし心に何かが足
りず、満たされていなかった。幸せを絵に描いたような彼だが、心
には、どうにもならない虚無があった。そのため主に問うた。何を
すればよいのかと。

主は青年を愛し、導こうとされた。十戒の戒めを教えられると、彼
は、戒めは守っていると答え、何がまだ必要なのかと。すると主は、
持ち物を売り払い、貧しい人に施せと。自分の富、力、思い、プラ
イド、そういう固く握りしめているものを、教え導こうとされた。
すると、青年は顔を曇らせ悲しんで去った。

悲しんでとあり、反発したのでなく、自分には財産を献げる事が出
来ないとわかった。戒めを守っており、隣人を愛していると言った
が、困っている人に施せない。肉は強烈な力があり、捨てられない。
富、名誉、地位、力、プライドも、決して捨てられない。それが御
霊の満たしを妨げている。

主はそこを教えようとされた。財産は献げたなら、又、豊かに与え
て下さる。しかし、主は「それは人にはできないこと」だと。自我
は強固で、自分では、出来ない事を教えようとされた。だからこそ、
主がおられ、主には救いがある。「神にはどんなことでもできる」
と。

人には不可能だからこそ、主に求めよと。求めるなら、主が献げる
事ができるよう、従えるように助けて下さる。主のもとを去るので
なく、主に、更に近づき、「わかるのですが、無理です。できませ
ん。でも助けて欲しいです」と求めよう。
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何をしたら救われるかと、いつの間にか自分で頑張って落ち込んで
しまう。主の恵みが見えなくなっている事に気づきたい。出来ない
ので助けてくださいと祈れる事は感謝だ。