2026年02月13日(金)

「イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、『子よ。あなたの 罪は赦されました。」と言われた」マルコ2:5


中風の人が、四人の友人にかつがれて、主のもとに連れて来られた。
しかし大勢の群衆で、戸口から入る事ができない。どうすれば良い
のか。絶対に退けない彼らは、屋根をはがして、床をつり下ろした。
御言葉を語っておられた主は、この中風の人に、「子よ。あなたの
罪は赦されました」と、まず罪の赦しを宣言され、その後、中風を
いやされた。

主は、そこまでして求める姿に、彼らの「信仰」を見られた。信じ
なければ、屋根をはがしてまで求めない。私たちはどうだろう。病
気を治して欲しい、経済的必要を与えて欲しい。受験は合格で、畑
は豊作で・・現実の生活が、順調に行くことが願いだ。目に見えない
罪の赦しなど、余り関心が無い。

世の人々が求めるように、家内安全、商売繁盛、無病息災、求めは、
平穏無事な生活だ。しかし病気は治っても、また病気になる。そし
ていつか必ず死を迎える。人生で、最も大事な事は、罪が赦されて、
主との交わりに生きることだ。そこに真の生きる喜びがある。

律法学者が心の内で、神以外に、誰が罪を赦す事など出来ようと、
つぶやいた。罪の赦しは目に見えない。しかし中風のいやしは目に
見える。主は、中風の人をいやす事によって、その癒しを通して、
主こそが罪を赦す権威を持っていること、メシヤであることを明ら
かにされた。
----------------
罪の赦しは目に見えなくても、現実にこの世に到来している。身体
の癒しも祈るが、何より罪が赦され、主と共に歩める日々が感謝だ。
主に知恵も助けも求めながら、心健やかに養われている。