2008年06月15日(日)

「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい」ピリピ2:3

中世は天動説であった。惑星の軌道が膨大に
複雑で理解不能だった。地動説を打ち立てた
のがコペルニクスであった。天動説は地球を
中心にして天体の動きを見ていた。だから理
解出来なかった。しかし、地動説は、地球は
太陽の周囲を回る小さな惑星だ。地球が宇宙
の中心なのではない。そうすると、すっきり
として説明がついた。私たちの信仰生活はど
うだろう。自分中心の考え方が、悩みと問題
を生み、対人関係ではトラブって、ギクシャ
クし、あちこちで頭をぶつける。自らが問題
を引き起こしている。天動説だ。自分中心に
周囲が回っていると思い、又、回そうとする。
そこにあつれきが生じる。相手が悪いと信じ
て疑わない。そうしか見えない。あの人、こ
の人さえいなければ、人生快適なのに。しかし、
地動説だ。相手はいっさい関係なく、問題は
自分だ。自分中心の思考パタンだ。相手の
せいと信じて疑わないが、実は相手は関係
ない。自分の心の状態の責任は自分にある。
まず自分の問題だと認めよう。相手がどうで
あれ、反応しているのは自分であるからだ。
キリスト中心に据える時、見方が変わる。相
手しか見えなかったのが、自らの高慢、自己愛、
利己心、愛の無さが見えて来る。そして、そん
な自分を愛して下さっている神の愛が見えて
来る
・・・・・・・・・
自分の本当の姿を見せるために、神が相手を
目の前に置かれている。神様に焦点を当てる
と恵みが見えて、愛が見えて来る。でなけれ
ば、環境に文句を言い、人を責めるばかりだ。