2026年10月05日(月)

「しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは 律法の下にはいません」ガラテヤ5:18



御霊に導かれて、御霊の支配の中で生きる時、私たちは
自由で、喜びがあり、感謝がある。しかし律法の下で、
肉に従って生きるなら、信仰生活は、非常に窮屈になる。
重い荷をずっしり背負うように苦しい。心に自由がなく、
ふさがれた感じだ。そして常に主に要求されていると感
じる。

一タラントを預かったしもべのように、主が過酷な方で、
蒔かないところから刈り取る、厳しい、ひどい方だと思
う。主が奪い、要求するばかりの、恐い方になり、主に
従う事が非常に辛い事になる。そこに喜びなど全く無い。
今、あなたはどうだろう。辛い信仰生活だろうか。重荷
で苦しいなら、主は軌道修正して下さる。

絶えず自力で頑張っているだろうか。妬みや憎しみ、怒
りが湧き上がる時、これは良くない事と、心に抑え込む。
抑え込んだものは、無くならず、ずっとそこにある。そ
して許容量を越えると、いつか必ず爆発する。

そうでなく、これは良くない思いだと、抑え込むのでな
く、「怒っています、妬んでいます、憎んでいます。誰
にも言えないこの思いを、あなたはご存じです」と一つ
一つ、主に告げる事が大切だ。隠さず、ごまかさず、無
いことにせず、主に言い表して行く。

その時、主が、助けて下さる。絶えず主を呼び、言い表
わし、悔い改め、助けを求めて行く時に、その思いが消
えて行く。思いが来た時、まず「主よ」と、自分で何と
かするのではなく、主を呼び求めよう。御霊の歩みへと
導いて下さる。
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主への感謝が無くなる時は気づきたい。意地やプライド
で頑張っていないか。心の中を主に祈り、御霊に導かれ
て悔い改めたい。主にあって喜んで歩みたい。