2026年06月11日(木)

「ある所に着いたとき、ちょうど日が沈んだので、そこで一夜を 明かすことにした。彼はその所の石の一つを取り、それを枕にして、 その場所で横になった」創世記28:11


ヤコブは、父と兄をだまして祝福を奪ったが、兄の激しい怒りに、
身の危険のため逃げようと、遠く伯父のもとへと旅立った。何も無
い広い原野で、野宿となった。今後どうなるのか、大きな不安恐れ
に襲われ、又、家族を離れ、どんなに寂しく孤独だったろう。主が、
そんな彼のかたわらに立たれた。

そして「あなたの子孫は地のちりのように多くなる。わたしはあな
たと共にあり、どこに行ってもあなたを守り、あなたをこの地に連
れ戻す」と約束された。だが結果的に、その連れ戻すとの約束の成
就に、20年を要した。驚くほど長い歳月だ。「主の時」は長い。

私たちは誰しも、待つ事が非常に難しい。しかし主は、歳月をかけ
ながら、地道に私たちを砕き、鍛え、練り、造り上げられる。延々
と時間がかかる。しかし主に無駄な時間は無い。今日の1日は、砕
き、練り、きよめられる途上にある。必ず時は満ちる。環境が少し
づつ変化する。

ヤコブも20年後に状況が変化した。ラバンや、その息子達が好意的
で無くなり、態度が違って来た。もめ事が起きそうだ。そんな時に
「生まれ故郷へ帰れ」と、主の示しが来た。約束は100%必ず実現す
る。ヤコブは非常に辛く苦しい20年を通り、砕かれ練られ、厳しい
訓練を受けた。

私たちにも、無駄は一つも無く、すべては私たちのためだ。信仰に
よって目の前の事態に当たろう。そしていつもすぐかたわらに、主
が立っておられる事を覚えよう。
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待つ時間に少しの無駄もないとは、何と感謝な事だろう。不完全な
自分を見ては不安になるが、主が共にいて最善に導き、時をかけて
整えてくださる。感謝したい。