2026年07月15日(水)

「そこに、三十八年もの間、病気にかかっている人が いた」ヨハネ5:5



病気の人に「よくなりたいか」と問うと、「よくなりた
いなど当たり前」のように思える。なぜ、主はこんな質
問をされたのだろう。「よくなりたい」という事は、今、
病気だという事だ。その人自身の現状に、しっかり向き
合わさせ、認識させ、自分の本当の願いを確認させるた
めだった。

「よくなることができるか」とは問われていない。あく
までも「よくなりたいか」であり、直りたいかとの本人
の意志に関わる事だ。病気が長期間に及ぶと、失望と諦
めに支配され、もうそこにいる方が楽だったりする。問
われた時に、初めて、人は自分の心の内に光が当てられ、
探られる。

その時、彼の答えは「誰も助けてくれない。皆には介護
者がいるが、自分にはいない。介助者のいる者が先に降
りて行く。自分一人ではどうにもならない」というもの
だった。素直に「はい、よくないたいです」ではなく、
人のせい、環境のせいにした。

私たちも、何度繰り返してもダメで、同じ問題にずっと
悩まされ、どうやっても状況が変わらない時、心が萎え
て、失望し諦めてしまうかもしれない。どうせやっても
ダメだと。もう、そこまでのエネルギーが無い。「本当
に」直りたいのか、変わりたいのか、御言葉に従いたい
のか、主は問われる。しかし彼には、いやされる信仰が
あった。

人依存で、人のせいにしていた自分の状態に気づいた。
「起きて歩きなさい」の言葉を信じた。すがった。信じ
なければ、起きようともしない。起きようとした時に、
主のいやしの力が臨んだ。主は彼の内にあった、彼の信
仰を引き出された。彼はいやされた。あなたにも、問う
ておられる「よくなりたいか」と。
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来る日も来る日も、光の見えない中で、特に主に期待す
ることもなく歩んでいるなら、主の恵みの中で立ち上が
りたい。主に応え、新たな信仰を受けよう。