2026年04月05日(日)

「・・だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに 赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、 あなたがたもそうしなさい」コロサイ3:13


主を信じて新生した後も、古い性質があり、人を赦すことは、
難しい。過去の対人関係に、いつまでもこだわって敵対心を
抱き、相手を憎み、がんじがらめになっているだろうか。肉は、
決して赦したくない。傷つけられた相手に対する恨み、苦々
しい思いが尾を引いてしまう。赦せない思いは、相手への憎
しみと増幅して行く。そうなると、絶えず相手の事ばかり考え、
仕返しをしたい思いでいっぱいになる。

一番の問題は、そうなると心を主に向けられなくなる事だ。こ
れは大問題だ。心から主が飛んでしまい、相手のことでいっ
ぱいになる。結局、憎む相手にコントロールされ、支配されて
いる事になる。悶々で平安は無い。こんな人生で良いのだろ
うか。相手を赦さない心は、苦い根が生えて、どんどんはびこ
り、周囲にも害毒を流してしまう。気をつけよと。

「だれも神の恵みから落ちる者がないように、また、苦い根が
芽を出して悩ましたり、これによって多くの人が汚されたりす
ることのないように」と。赦さない心、憎しみ、裁く思いを悔い
改めないまま持ち続けると、自分自身を害し、手がつけられな
くなって行く。

解決は赦すことだ。自分が解き放たれ、自由にされる。しかし
自分の力では、どうやっても出来ない。ありのままの心を祈り
に持って行き、主に助けを仰ごう。人に出来ない事が、主には
できる。主は助けて下さる。祈りに答えて下さる。多くの人が
赦せない相手を、赦すように取り扱われて来た。

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人を赦すことは難しい。傷つけられた相手への赦せない思い、
憎しみ、恨みに囚われてしまう。人には出来ないが、主により
可能であり、主のみわざだ。解放して下さる。主に取り扱って
頂こう。