2013年06月13日(木)

「もし、あなたが、はしための祈りを顧みて、私を心に留め・・男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします」Tサムエル1:11



不妊であったハンナの悩み、苦しみは大きかった。そこにハンナに嫉妬するペニンナのいじめが加わり、又、不妊は、神に祝福されていないからとの周囲の目に苦しめられた。主の御前に行き、感情をさらけ出し、激しく泣いた。祈りは言葉にならず、うめきであった。祭司には、まるでハンナが酔っているように見えた。ハンナは心底の憂い、いらだち、心の思いの何もかもを、主にぶつけて、注ぎ出した。

私たちも同じようにできる。不安、思い煩い、焦り、怒り、悲しみ、苦しみ、惨めさ・・何もかもを主に注ぎ出せばよい。感情もさらけ出せばよい。主が受け止めて下さる。そして、ハンナは「もし男の子を授けて下さるなら、その子の一生を主にお献げします」と誓願を立てた。献身の祈りだった。ハンナは自分自身を全く主に明け渡し、自分の最も大切なものを、主に献げた。

あなたが握りしめているものは何だろう。固く握って放さない宝は何だろう。それが主のもとに渡る時に、主は自由に働かれ、あなたは用いられる。ハンナは、すべての思い煩い、重荷、自分自身も主の御手に渡した。エリから「安心して行きなさい。あなたの願いが叶えられるように」との言葉を受け、平安が満ちた。もはや以前の顔ではなく、心すっきりし、帰って食事ができた。そしてサムエルが生まれ、暗黒時代を導く、霊的指導者として用いられた。
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握っている心配事、平安にならない思いは何に起因しているのか。ハンナのように全てを主に訴えながら主と密に交わろう。あれほど望んだ子を主に献げること言えたように、主が新しい展開を私達にもして下さる。