2001年01月13日(土)

「キリスト.イエスにおいて上に召してくださる神の栄光を得るために、目標を目指して一心に走っているのです」 (ピリピ3:14)

ある父が減量のため、毎晩息子を誘ってジョギングを始めた。
最初は元気一杯だった。しかし、毎日毎日決められたルートを走るにつれて、疲れが出てきた。
続けるためには、何か褒美が必要だと感じた。
そこで毎晩、思いを身体からそらす事の出きる何らかの褒美を出す事にした。ある晩はピザが褒美だった。息子がダウンしそうになる度に、「ほら!ピザ!」と励ました。
そのお蔭で完走できるのだった。
別の晩はテレビの番組だっリ、色々考え出し、毎晩、新しい褒美が励ましとなったのだ。クリスチャンも、キリストのために生きることに、時に疲れてしまう事がある。
なぜ進み続けるのか、なぜ自分を駆り立てるのか、と考えるかも知れない。パウロはずっと以前に動機付けの報奨を使った。
クリスチャンとして私達が持つ最大の報奨は、ゴールで待っている。
主と顔と顔を合わせて会い、永遠の栄光を分かち合う事だ。
ゴールをまたぐ時、主と永遠に共にいるのだ。