2017年10月15日(日)

「すべての事について、感謝しなさい」Tテサロニケ5:16  


                     
厳しい試練が臨み、心が痛み、苦しい状況に陥る時、「こんな中で
感謝なんて無理、どこが感謝なのか。感謝などではない」と思う。
しかし真理なる御言葉は、どう言っているだろう。感謝できるから
感謝せよ、とは言っていない。又、ハピーな事には、感謝せよとも
言っていない。「すべての事について」と言っている。

そして喜べる時は喜べ、とは言っていない。「いつも」喜べと。な
ぜ感謝できるかと言うと、信仰者はすべての事に神の主権を認める
からだ。一つ残らず神の支配を認め、神には目的があり、計画があ
り、意図を持っておられる事を信じるからだ。無意味な事は一つも
なく、無駄も無い。

私たちを砕いて、聖め、成長させるためだ。様々な気づきを与え、
教えるためだ。実はもっと危険な状態に向かう事から、救うためだ
ったりする。試練によりどれほど高慢から守られた事だろう。人か
らの批判を受けた時、肉は相手を憎み、恨み、復讐心が湧き上がる。
しかしそれにより平安が全く失せ、喜びは無くなり、心は悶々状態
で、辛いばかりだ。

「感謝したくないですが、できるよう助けて下さい」と気持ちをそ
のまま祈って行こう。感謝できないが、しかし意志を向けて、感謝
を選び取ろう。「感謝ではないですが、感謝します」と。その選択
を祝福して下さる。すると不思議にまず心が変えられて、やわらい
で行く事を経験する。愚痴、不満の中にいても何も変わらない。真
理の言葉に従ってみよう。

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負の状況の時に、感謝して、感謝して行く時、心が変えられた事を
何度も経験して来た。感謝する時、サタンの足場を崩してしまう。
サタンがそこに来れなくなる。信仰による感謝には、計り知れない
力がある。苦しい時こそ「感謝」に目を向けよう。みわざを見せら
れる。