2019年09月14日(土) 「あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してく ださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらな い」詩篇55:22
「あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してく ださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらな い」詩篇55:22
信仰生活で、様々な悩みが起きる時に、いつも学ぶように委ねる事 が大切だとわかる。頭ではよくわかるのだが、問題は、なかなか委 ねる事ができないことだ。「ゆだねる」とは、大きな石を転がすと いうことで、主の上に、重荷を、問題を、転がしてしまうことであ り、主にきっぱり手放してしまうことだ。そうできたならどんなに 平安だろう。 委ねた「つもり」が、実はしっかり握りしめたままでいる事がある。 強固な自我が決して手放さない。そんな時、自分ではどうにも出来 ないので、あるがまま祈ろう。「委ねられません、助けて下さい」 と。その祈りに答えて、委ねられるように御霊が教えつつ、助けて 下さる。そして「何も思い煩わずに」と言われている。「何も」 「すべて」「いっさい」思い煩わなくて良いと。 今、あなたの目の前の、その問題も含まれる。いっさい思い煩うな と。ことごとく祈れと。祈りにより、主のもとへ持って行けと言わ れている。その事も、ありのままを祈る事ができる。「思い煩うな と言われますが、思い煩ってしまいます」「委ねることができませ ん」その正直な祈りを喜んで受け止めて下さる。自我は問題を握っ て放さない。 自分が放してしまうと、事態がだめになってしまうと思うからだ。 何もかもが崩壊してしまう気がする。だから自分が握りしめ持って いたい。人に出来ない事が神には出来る。そんな事も、ありのまま 祈ろう。不思議だが主の力により、委ねさせて下さる。そして主の 平安へと導いて下さる。 ・・・・・・・・・・・ 苦しい問題で、主に委ねること、明け渡す事がが解決なのだが、そ れがどうしても出来ない。どうしても放さない。そこに強固な自我 が潜んでいる。人に出来ない事が神いは出来るので、まず祈りに持 って行こう。必ず主がそうさせて下さる。