2020年06月14日(日)

「あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してく ださる」詩篇55:22 

信仰者であっても、悩みが来るし、困難に出会う。そして重荷が臨
む。重荷の無い人生はない。では、その重荷はどうすれば良いのか。
御言葉は、その答えであり、解決が、主にゆだねることだと言って
いる。「あなたの重荷を主にゆだねよ」と。

ゆだねるとは、例えば、飛行機に乗る時にパイロットを信じて、身
をあずけることだ。私たちが機上の人となれば、自分でできる事は
何もない。パイロットを信じて、身を預けるばかりだ。バスに乗る
時も、目的の停留所に着くと信じるから乗り、運転手に身を預ける。
その時に、信頼して身を任せるなら、リラックスできる。

本当にちゃんと着くのだろうかと、ずっと不安で、心配し、思い煩
っていたらどうだろう。思い煩いに関しても、「あなたたがたの思
い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心
配してくださるからです」と、「いっさいの思い煩いをゆだねよ」
と。自分で思い煩うのでなく、主に任せよと。

主が私たちを愛して、心配して下さるからと。「何も思い煩わない
で」と言っている。「いっさい、何も」だ。主が負って下さるから
と。主に渡さないで、自分で握りしめて、悶々と苦しんでいるだろ
うか。自我は握りしめて放さない。どこまでも自分でどうにかしよ
うとする。そのため主に渡すことができない。

自分では委ねられないと、主にありのまま祈りに持って行こう。主
が委ねられるようにして下さる。そして「あなたのしようとする事
を主にゆだねよ。そうすればあなたの計画は揺るがない」が実現さ
れる。

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信仰人生、問題は次々と来るが、主におゆだねし、何も、いっさい
思い煩わなくて良いと。何という恵みだろう。主が心配して下さる
のだからと。しかし問題を握り締めて、決して放さない自我がある。
気づける事が感謝で、ゆだねられるよう祈って行こう。