2020年08月15日(土)

「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させ るものです」ヘブル11:1


ある人が、極めて厳しい経済状態にあった。多額の必要の上に請求
書があり、祈りに祈るが、支払い日はどんどん迫って来る。しかし、
与えられない。尚も、祈り続けるが、与えられる気配はなく、恐れ
と不安が募る。いよいよもって与えられず、不安で一杯になり、
悶々のタイムリミットギリギリの時に、知り合いから電話が入った。

祈りの中で、主から示されたので、献げものを振り込んだとの連絡
だった。その額が、何と必要額ほんの少し多い目で、満たされたの
だ。もう大喜びで飛び上がり、嬉しくて嬉しくて、全身が喜びに満
たされた。

その時、ふっと御霊の語りかけが来た。目に見える人間が、振り込
んだと言えば、現金を見たわけではないのに、安堵し大喜びしてい
る。だが、ずっと主から「私の神は、キリスト・イエスにあるご自
身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださ
います」「あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要で
あることを知っておられます」「あすの心配は無用です」「何も思
い煩わないで・・」と語られていた言葉はどうなのかと。

人の言葉は信じることができても、主の言葉を信じることができな
い、不信仰を示された。信じることができないので、思い煩い、不
安、恐れに襲われ、支配されてしまっていた。不信仰を悔い改めて、
御言葉に立てるよう、信仰に歩めるように祈った。主の取り扱いに
心から感謝した。

・・・・・・・・・・・
この通りの弱さがある気がする。目に見えるものは、大きな力があ
り、影響力がある。目には見えないもう一つの現実を、しっかり霊
の目で見て行けるよう、祈っていよう。いつも不信仰を主に告げて、
御言葉の方を選び取って行けるよう、御霊の助けを求めていよう。