2008年08月05日(火)

「人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ」箴言18:12


謙遜とは、物腰を低くする事では
ない。「いえいえ、私などは」と
口では言いつつ、心の中では相手
を見下げ、自らを高めていたりす
る。サウルがサムエルの命令を守
らず、良いものを惜しみ、値打ち
の無いものだけを聖絶した。その
時、その罪をサムエルから指摘さ
れ、サウルは、弁解しながらも罪
を認めた。そして、赦しを乞うた。
しかし皆の前で面目を立てて欲し
いと願った。つまり、民達には知
られたくないと。これは謙遜では
ない。真の悔い改めではない。真
に、神の御前に悔い改める時、体
裁や体面など及びもつかない。入
る余地などない。ただただ自らの
罪が見えるだけだ。その結果、全
き赦しを受け取り、新たにされる。
謙遜とは悔い砕かれた心だ。神は
それを軽しめられない。ダビデが
ナタンから罪を示された時、心が
砕かれた。罪を告白し、全き赦し
が与えられた。謙遜は自らの罪を
認める。アダムは、自分の罪と恥
を知った。その結果、自分を隠し
た。自分の罪、失敗を見て、恐れ
た。神は、そのアダムを見捨てら
れない。アダムを探し、アダムに
問いかけ、悔い改めのチャンスを
下さった。しかしアダムは自分の
責任、弱さ、罪を認めず、エバに
責任転嫁してしまった。謙遜、へ
りくだりとは、自らの罪を認める
ことだ。痛みを伴い辛い事だが、
赦しと解放の大きな恵みにあずか
る。心が楽になり、平安が臨む。
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私達は弱くて罪ばかり犯す。けれ
どその弱さに正直でいよう。高慢
になり犯した罪を認めない者にな
らずどこが弱いのかしっかりと悔
い改め神様に明け渡そう。