2026年07月02日(木)

「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれ るのです。主は御霊です。そして、主の御霊のあるとこ ろには自由があります」Uコリント3:16


私たちは新生し、新しい性質が与えられた。だが古い性
質、肉も残っている。日常で、容易に肉に流されてしま
う。嫌な相手がいるなら、肉は嫌っていたいし、憎しみ
が湧く。人の言動にカチンと来ると、まず祈るよりも、
一言、言い返したい。スッキリすると思う。

傷つけられると、何倍にもして報復したい。又、主に従
うよりも、好きな事をしたい、楽な方へ流されてしまう。
祈るよりもテレビを観、趣味をし、お喋りをしたい。一
日の終わりには、肉の思いで、いっぱいだ。そのまま眠
りにつき、又、朝になり、その繰り返しだと、どんどん
肉へ流されてしまう。

気づかないまま、知らず〃、主を離れてさまよってしま
う。それをくい止めるのが、主との交わりであり、祈り
と御言葉だ。多忙な中、少しでも主との交わりを持つ時
に、御霊は働かれ、悔い改めが与えられ、赦されて、新
しい力が与えられる。非常に多忙の中も、主に向く時、
霊が新たにされ、生き生きと歩んで行ける。

ある人が、仕事の難題に心身すり減らし、続く深夜帰宅
で睡眠もとれず、疲労はピークに達していた。イラ立ち
が抑えられず、時間も無く、祈りの時も持てていない。
もう限界で、昼休みに屋上の隅で、主との交わりを持っ
た。あるがままを祈り、求めは、叫びとなった。主に触
れて、新たにされたのがわかった。平安が戻り、喜びと
共に、午後の仕事に戻れた。
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忙しい日常でいつも直面する。気づくと自力で走り、肉
の思いにふさがれ、平安がなくなる。主と向き合い交わ
る時間を守ろう。そして生き生きと歩んでいこう。