2026年02月08日(日)

「神は、彼らを近道であるペリシテ人の国の道には導かれ なかった・・『民が戦いを見て、心が変わり、エジプトに引き 返すといけない』」出エジプト13:17



民が、約束の地に向かうが、近道があった。しかし、その
近道には行かせず、「荒野」へと導かれた。それは、民が
戦いを見、恐れてエジプトに引き返さないように、との配慮
であった。長年の奴隷生活で、戦闘訓練など皆無の民が、
ペリシテとの戦いなど不可能で、恐怖で引き返してしまう
だろう。

私たちの価値観に、楽な道、平坦な道、順境を好み、近道、
迅速が善との思いが無いだろうか。とにかく平穏無事であっ
て欲しい。苦しみ、困難は避けたい。しかし主は近道でなく、
あえて荒野の道を通される。主が、苦しい道を行かせられる。
主に不可能はなく、今すぐに、一気に祈りの答えを下されば
良いのに。延々時間がかかり、遠回りをさせられる。

自分の思いと全く違う道へ行かせられる。しかしそこを通っ
てこそ、忍耐や信仰が培われ、練られ、主のご愛や真実を
真に経験する。明け渡しへと導かれる。苦しみの中でこそ、
主を深く知れる。成長させられる。そしてその通り道には、
雲の柱火の柱が伴い、必ず行くべき道が示される。

荒野での灼熱の太陽から雲の柱で守られ、夜の暗闇を火
の柱が照らした。道中決して「民の前から離れなかった」。
今、荒野なら、主のご計画だ。祝福へと導かれる。主を信じ、
従って歩もう。片時も離れず共におられる。

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信仰人生長くなるほど、信仰生活は自分の思い通りではなく、
思い通りにはならない事を知る。そして自分の思いでなく、神
の御心が最善である事も知らされて行く。苦しい道だとしても
「後の日に」、感謝に変えられる。