2013年02月10日(日) 「私は、死ななければならないのでしたら、死にます」エステル4 :16
「私は、死ななければならないのでしたら、死にます」エステル4 :16
ユダヤ民族に、皆殺しの深刻な危機が訪れた。ハマンの悪巧みであ った。その時、丁度王妃であったエステルに、伯父のモルデカイは、 王にあわれみを求めるよう伝えた。王妃であるエステルだけが出来 ることであり、エステルでなければ出来ない事であった。 エステルは、時ピッタリにその立場にいた。「あなたがこの王国に 来たのは、もしかすると、この時のためであるかも知れない」と。 しかし、エステルも命がけであった。召されないで王のもとに行く なら死刑だ。 だが、彼女は決心した。皆に断食の祈りを要請した。法令に反して でも、王のもとへ行くと。死ななければならないのなら、死ぬと。 エステルは、王に救いを求め、結果的に、ユダヤ民族がハマンの悪 い計略から救われた。 このところから学ぶ事ができる。環境や、境遇は、神から来ている。 エステルが王妃として選ばれたことも、神のご計画によることだ。 私たち一人一人も神によって、それぞれの場所に置かれている。そ して、その位置にいる、あなたにしか出来ないことがある。他の 人々には出来ないことだ。 エステルは、極めて困難な厳しい状況で、死をも覚悟して、自分自 身を明け渡した。主はそのエステルを用いて、民を絶体絶命の危機 的状況から見事に救われた。「ユダヤ人にとって、それは光と、喜 びと、楽しみと、栄誉であった」。遣わされたその所で、主に明け 渡した人を用いて、主は大きなみわざをされる。 ・・・・・・・・・・・ 今いる場所は主から来ている。場所の問題ではない。その所で、自 分自身を明け渡すかどうかが問題だ。でなければ、場所を転々とす る事になる。明け渡した人を、主は用いて下さる。まず「明け渡せ ません」との祈りから始めよう。