2013年06月12日(水)

「そして、彼が見つめていると、すっかり直り、すべてのものがはっきり見えるようになった」マルコ8:25 



人々が盲人を連れて来て、主に癒しを願った。主は盲人の目につばをつけ、両手を彼に当てられた。すると彼は「人が見える、木のように見える」と言った。はっきり見えず、人が木のようにぼんやりとしか見えなかった。そこで、主がもう一度両手を目に当てられた。そして彼が見ていると、すっかり直り、すべてのものが見えるようになった。主に直接触れられた時に、鮮明に見えるようになった。

ある人が、自分だけが不幸、自分だけが辛くて、人は皆は幸せそうと、殻にこもり自己憐憫に陥っていた。そんな時は、自分の事しか見えない。自分を中心にしか物事を見ていない。神に視点が向かず、自分と状況のみを見て、心を屈折させる。主の恵みに全く気づかない。しかし、喜びも平安も全く無く、余りに苦しいので、主に助けを求めた。目を、自分と状況から離して、主を見上げた。その瞬間、主が見え、神視点で状況が見えた。すると視点が変わった。

試練の中で守られていた事、実は家族に支えられ、又、多くの励ましを受けていた事、主がずっとかたわらにいて下さった慈しみが見えた。主は決して変わる事なく愛し、慈しみ、支え続けて下さっている。主に向かないなら、焦点が合っていないなら、その現実は決して見えない。主を見つめよう。はっきりと見えるようにして下さる。
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物事が暗く光が見えないように思う時がある。すぐにネガティブな方に流される。喜びも平安もない心の状態のままを主に祈ろう。主を見る時、主が触れて下さり不思議に心が変えられる。