2002年11月11日(月)

「私は、見張り所に立ち、とりでにしかと立って見張り、主が私に何を語り、私の訴えになんと答えるかを見よう」(ハバクク2:1)

 預言者ハバククは、人々を虐待するバビロンに
悩まされていた。「なぜ、悪者が栄え、罰を受け
ないでいるのか」疑問を神にぶつけた。
神との交わり、祈りは、その答えを受け取るため
のハバククの手段だった。心の内を神にぶつけて、
神の答えを見張った。私達も同じことが出来る。
問題、悩みがある時、また混乱しそうな時、心の
内をことごとく、神に祈りによって打ち明け、そ
して、御言葉を通して語られる答えを見張るのだ
。神の御声を聞いて行くのだ。そのための時間を
取る必要がある。語るのと同じくらい、耳を傾け
て聞くべきだ。そうするなら、神のお心がわかる。
神に自分の言いたい事を言うだけ言い、神に聞く
ための時間を取らない人が多い。困難を神に言う
だけでなく、その答えを聞くための時間を取る事
が必要。