2022年01月13日(木)

「それでサムエルは、すべてのことを話して、何も隠さなかった。 エリは言った。『その方は主だ。主がみこころにかなうことをなさ いますように』」Tサムエル3:18



ハンナの涙と共に切なる祈りにより、サムエルは産み出された。そ
の彼は、祭司エリのもとで養育された。ある時、サムエルは主から
呼ばれた。しかしエリに呼ばれたものと思い、エリのもとに行く。
それは主の御声だと教えられ、次にはエリに言われた通り「お話し
ください。しもべは聞いております」と答えた。

すると、主からの最初のメッセージは、何とエリの家への裁きであ
った。「彼の家を永遠にさばく。自分の息子たちが呪いを招くよう
な事をしていながら戒めなかった罪による」と。自分の師であるエ
リに伝え難い、極めて厳しい言葉であった。彼はエリに語る事を恐
れた。しかしエリに聞いた通りに告げるよう言われ、主の言葉を伝
えた。

預言者とは、神から受けた言葉を、忠実にそのまま民に語る人のこ
とだ。どんなに辛い、痛い言葉であろうと、その通りに語らねばな
らない。預言者として立てられて行くサムエルへの最初のテストで
あったかも知れない。私たちはどうだろう。

口では「お話下さい。しもべは聞いております」と喜んで聞きます
と言いつつ、罪の指摘や、醜い、嫌な姿を照らし出される痛い言
葉、
叉、自分の願い通りでない言葉は聞かずに、耳を閉じるだろうか。
痛い言葉こそが、実は必要な言葉であり、恵みの言葉だ。

そこでこそ自分が、主の似姿へと変えられて行く。必ず豊かな祝福
とされる。逃げずに耳を傾けよう。心地よい言葉だけが、「恵まれ
る」と思っていないだろうか。
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知恵のある者は忠告を聞き入れるとある。耳の痛い御言葉を聞き流
してしまわず、きちんと立ち止まり向き合ってみよう。主からの真
実な導きではないだろうか。主からの励ましではないだろうか。