2026年03月03日(火)

「私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、私の骨組み はあなたに隠れてはいませんでした。あなたの目は胎児の私を見ら れ」詩編139:15


私たちは皆、偶然に生まれたのではない。両親からでもなく、主が
「私の内臓を造り、母の胎の内で、私を組み立てられた」。主によ
る事だ。奇しい事をなさり、恐ろしいほどだと。私たちを造られた
のは、主だ。ここに、あなた個人への主の愛とご計画がある。そし
て主のご計画は、あなたの人生全般に及んでいる。

人生に起きる一つ〃の出来事に、主の愛とプランが織りなされてい
る。私たちの頭の毛さえも、みな数えられている。又、心の中もご
存じだ。思いを読み取られ、言葉が舌にのぼる前に、ことごとく知
っておられる。その目で、信仰により、人生を見てみよう。

「何でこんな事が?」「何で、私に?」と思える、苦しい事態が起
きる。しかし私の益のため、ご自分の聖さにあずからせるための試
練であり、「訓練された人々に平安な義の実を結ばせる」必ず実を
結ぶと。それゆえ大事な事は、その出来事の中で、何を教えて下
さりたいのか、主からのメッセージを尋ねることだ。

主には一つの無駄も無い。目の前の出来事の中に、主の意図と目的
がある。「知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜し
げなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい」願うなら
主は教えて下さる。胎の内から、すでにあなたへの生涯のプランが
あり、使命がある。主との交わりの中で、祈りの中で、主に求め、
教えて頂こう。
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理解できない状況のとき、迷うときは原点に立ち返ろう。ここに
は主の意図と目的があり、全て益で愛ゆえだということ。胎児のと
きから見守られている。何と心強いことだろう。