2009年06月09日(火)

「どうしてあなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、地所の代金の一部を自分のために残しておいたのか」使徒5:3

    

アナニヤとサッピラは自由であった。献げたくなければ、献げなくてもよい。又、半分ならそれでよいし、一部でもよかった。

丁度前に、バルナバが土地を売って献げた。皆の賞賛を見た。それが欲しかった。しかし、バルナバやペテロ達には信仰があった。

すべてを献げても、もし不測の事態が生じたなら、その時は必ず神が必要を備えられると。神を信じ、神への信頼があったので献げた。

しかし、アナニヤ達は信じる事ができなかった。教会に身を置いてはいたが、自分で自分の人生の舵取りをし、富に頼っていたので、恐ろしくて、とてもじゃないが、放せなかった。

それならそれで良かった。しかし、人に、信仰的、霊的と見られる事を願った。そこで信仰深い「振り」をした。

自分以上に見せかける事、そこが間違いだった。偽りはサタンから来る。サタンの仕業であり、そこにサタンが入り込み、聖霊の力強いみわざを壊そうとした。

信仰生活を破綻させるものは「偽り」であり、偽りが入り込むと致命傷だ。良い人に見せかけている内に、人から良い人と言われ、自分も良い人と信じ込んでしまう。

本当の自分がわからなくなる。御霊から罪を示されても、認める事ができなくなる。罪は無いと言うなら、真理は無い。「振り」は致命傷になる。

無いものは無いで良い。神が与えて下さる。神の御前に、とにかくありのまま正直でいよう。神はそれを喜ばれる。
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教会へ行けば、信仰深い振りをし世に出れば、そっちに見せかける。人を見るのではなく、神様に信頼し、ありのままを認めていこう。自分を見失うことから守られる。