2012年10月13日(土)

「ねたみや敵対心のあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪 な行ないがあるからです」ヤコブ3:16


妬みとは、自分が持ちたいと強く願っているものが、自分には無く
て、それを他人が持っている時、苦々しく思うことだ。自分が持た
ないものを、持っている人を羨み、憎しみへと高じて行く。

敵対心は、自分が持っているもので、人と張り合う時に、生じるも
のだ。カインとアベルが、それぞれ献げ物を献げた。アベルの献げ
物は受け入れられ、カインの献げ物は退けられた。カインは激しく
怒った。

その時、主は「あなたが正しく行ったのであれば受け入れられる」
と言われ、つまりは、カインは、何かが間違っていた。その間違い
を、主に問うて、正しく献げ直せば良かった。しかし、怒りが、退
けられた主に向くのではなく、何とアベルに向かった。

主に受け入れられたアベルを妬み、憎んだ。妬みは増幅し、殺人へ
と発展した。「カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した」。ま
さしく「ねたみや敵対心のあるところには、秩序の乱れや、あらゆ
る邪悪な行ないがあるからです」の通りに。

私たちも妬みや敵対心が動機で、行動する時、古い価値観の中にい
る。新生しているが、価値観が変わっていない。地に属する知恵は、
苦い妬みと敵対心だが、主からのものは、上からの知恵であり、純
真で、あわれみと良い実に満ちている。正反対だ。

上からの知恵を求めよう。カインはアベルに向かわず、主に向かえ
ば良かった。方向が違った。私たちは、何よりもまず主に向き合お
う。自らの心の状態をことごとく主に打ち明けよう。そうするなら、
主は、どのような状態であれ、解決へと導いて下さる。

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妬みや敵対心を認めて、主のもとへ行こう。自分ではどうにも出来
ない。人には出来ない。主が救い出して下さる。まず第一に、主を
呼び、主に向かおう。そして悔い改めて〃歩もう。「人にはできな
いことが、神にはできるのです」。心を変えて下さる。