2015年08月13日(木) 「人はみな草のようで・・草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない」Tペテロ1:24
「人はみな草のようで・・草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない」Tペテロ1:24
対人関係で問題が起きて、心が苦しくなる事があるだろうか。人か らの言葉が、ひどく気になり、不安になり、又、面と向かって攻撃 されたり、批判されたりする事があるかも知れない。心暗くなり、 沈んでしまう。よく考えてみて、もし自分の側に、落ち度があるな ら、悔い改めることが必要で、又、相手に謝ることが必要だ。 しかし、幾ら考えても、自分に落ち度が見受けられないなら、御言 葉に目を向けて行こう。自分が落ち込むのは、自分の中で、人の言 葉が、神の言葉より上になっていて、人の言葉を最重要視している からではないか。神の言葉と人の言葉と、どちらが大切なのだろう。 御言葉でなく、自分が、人の言葉に振り回されていた事に気づく時 に、平安が戻る。 御言葉のほうを受け取り、御言葉を握っていよう。御言葉を通して、 人からの批判や目の前の状況を見る時に、神視点で、人の言葉や状 況を見ることができる。心に平安が無いなら、心が辛く苦しいなら、 神の言葉を脇にのけ、人の言葉を受け入れているだろうか。 「人はみな草のようで・・」人の言葉は草のようだと。草はしおれ、 花は散る。「しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない」。 今、心が辛くて、平安が無かったなら、自分の言葉や人の言葉に影 響されていないだろうか。永遠に決して変わることのない、神の言 葉こそ、心に目を向け、心に受け入れよう。 ----------- 人の言葉は簡単に自分の価値をアップダウンさせる。それにより自 分の声が自分を責めてくる。一番長く聞いている言葉は、誰の言葉 だろう。主の尊い血により贖われた私たちに、語ってくださる御言 葉を心に入れよう。